音楽評論家
奇しくも、あの渋谷陽一氏が今からおよそ20年前に、私と同じようなことを書いていたので紹介したいと思う。
・・・僕は未だに若手評論家と呼ばれている。30歳だから、まあジャンルによっては十分に若手なのかもしれないが、18歳から延々13年間も若手と呼ばれていると、なんだかいつになっても一人前として認められていないみたいで楽しくない。
何でいつになっても若手かと言えば、僕達世代より下の評論家が出てこないからである。森脇、大貫といったところは僕より上だし、伊藤政則、山田道成といった下の世代もそれほど離れてはいない。つまり20代前半の評論家がいない為に、僕はいつになっても若手なのだ。
ひょっとすると、このまま僕達は最後の評論家世代になってしまうかもしれない。
金にならない、将来の保証はない、人からは尊敬されない、仕事は面白くないでは、今の若い連中がやりたがらないのも当然だろう。競争相手が出て来ないのだから、僕にとっては望ましい事なのかもしれないが。
今は評論家の時代ではないのだ。多少の気のきいた人間はミュージシャンになりたがる。僕達の時代は誰もが評論家になりたがる時代だった、不幸な時代だったのだ。
評論家の主要な仕事であるレコードのライナー・ノーツを読んでも、最近は知らない人ばかりだ。ひょっとすると僕の知らないうちに本当の若手が育っているのかもしれないが、知らない人のほとんどは、レコード会社の人に聞くと評論家ではない。ライナー・ノーツまで他の職業の人に奪われてしまって、評論家はいよいよ苦しくなってしまう。
何で評論家に頼まないのだと聞くと、同じ事ばかり書いて面白くないという。評論家サイドから言わせてもらえば、同じ事ばかりを要求するのは、そちらではないかという事になるのだが。・・・
だいたい日本にはロック・ジャーナリズムなんてものがないのだ。
ほとんどの雑誌が紹介記事とヨイショの原稿ばかり。ジャーナリスティックな批評やアプローチを感じさせるものは、まったくない。例えば新しいアルバムが発表され、それを日本のロック・ジャーナリズムがどのように評価するか、なんて興味は、ミュージシャン・サイドにも、読み手サイドにもほとんどないだろう。
イギリスでもアメリカでも、やはり評論家やプレスは評判が悪い。ただ評判の悪さの質が違っている。イギリスやアメリカ、特にイギリスの場合は国民性を反映してか、批評がとにかく悪意に満ちているのだ。その辺にミュージシャンや読者は反発している。確かにイギリスのジャーナリストには性格の良くないのが多そうだが、それにしても批評は批評として気にされてはいるのである。
またインタビューにしても、日本の通り一辺のものと違い、かなり腰の入ったものが多い。アメリカのローリング・ストーン誌やイギリスのニュー・ミュージカル・エクスプレス誌などはそれなりの批評基準を持ち、嫌われながらも独自の批評を展開している。・・・
(週刊FM 83年2号)
何ですかこれ、20年前と今とで全然変わっていないじゃないですか(苦笑)。今流行りの行川和彦さん、小野島大さん、どういうつもりなんですかね? あれから20年経っても、未だに提灯記事を書こうかどうか迷っているような体たらくやったら、おまえらエセ評論家なんて皆、やめちまええええええ!!!!(By カンニングの竹山)
渋谷陽一というのは、こうやって70年代前半から率先して情報開示・業界批判・自己批判をして自分の雑誌、『ロッキングオン』を拡大・発展させてきたんだけど(商業化に対する批判も勿論ありますが)、それに引き換え、上記の引用文にも名前が出てきた、年上の森脇美貴夫は今まで『DOLL』で一体何をやってきたんでしょうか。私は、森脇美貴夫はパンク・ロック評論家として、(ある程度は)評価しているけれども、編集者・経営者として見た場合は失格だったんじゃないかと思います。書店で手にとって見れば分かると思うが、同じような値段にもかかわらず、『ロッキングオン』のほうが情報量が圧倒的に多くて中身が濃い。関連雑誌も沢山出している。一方、森脇美貴夫は率先して情報開示・業界批判・自己批判はしてこなかった。『DOLL』は未だに内輪ノリの中途半端な同人誌レベル。単行本の出版も自転車操業。読者参加型の人気投票も、いつしかエセ評論家のベスト10へと変わってしまった。改革・革新・上昇志向も全く見られない。発行部数も落ちていると聞きます。2ちゃんねる風に言うと、「こりゃDOLL潰れるね(・∀・)ニヤニヤ」ってところですかwww。
巷には『音楽ライター養成講座』とか『音楽ライターになる方法』とかいう胡散臭い本があるけど、そんな本を読むんだったら渋谷陽一の著作を読むことをお勧めします。「陽一の空手いきあたりばったり」だとか「ヘヴィー・メタル・ブームはゴミじゃ!!」とか、このオッサン滅茶苦茶面白いわ(笑)。
『魂のロッカー達 ワイルド・サイドを歩け』
鳥井賀句 (著)
(シンコー・ミュージック)
ニューヨーク・パンクに造詣が深い音楽評論家、鳥井賀句氏による、音楽専門誌や写真週刊誌、来日公演プログラム、レコードのライナー・ノートに掲載されたロック評論を厳選して収録した本です。こうして読んでみると、いかに昔の『宝島』がパンク・ネタに力を入れていたかがわかります。なかには『ZOO』という『DOLL』の前身的な同人誌の名前もあります(失笑)。
大貫憲章、森脇美貴夫、水上はるこ、黒沢みつ子、そして、この鳥井賀句と、パンク・ロックの衝動にかられて、単身でニューヨークやロンドン、パリへ渡って実際に現地で肌で体感してきて紹介するような骨のある音楽評論家が、かつては我が国に存在したんだよね。いつからか、こういったオピニオン・リーダー的な存在の音楽評論家がいなくなった。現在、せいぜい思い当る節があるのは、森脇美貴夫の下手な亜流から脱却できないでいる行川和彦くらいか(でも彼は海外経験が無さそうだし)。某Straight Edge先生は、現在、牙を抜かれて、ミイラ取りがミイラになってしまったような状態だし。残りのエセ評論家は、十年後には確実に消えているであろう、コネで入っただけの実力の無い雑魚ばかりだしさ(笑)。
でも最近は下手すると、ひとりで海外旅行へ行ったことの無い、英語の出来ない、日本語の下手なエセ評論家が、コネや情実だけを頼りにして提灯記事ばかり大量生産しているだけだもんなあ(苦笑)。悪名高い小野島大先生が『音楽ライター養成講座』とかいう底が浅そうな本を出版しているが(笑)、私は、その本を読んだことが無いし、今後読むつもりも無いんだけど、「音楽ライター」になる方法なんて、ぶっちゃけコネや情実だけでしょ(失笑)。経費削減だか何だか知らないが、自前の記者を揃えないで、外部のバンド関係者やエセ評論家に仕事を委託させて、その代わりに彼らに対する批判は一切書かないという歪な構造になってるから、いい評論家も何も生まれてこないんだろうな。『BURRN!』だとかの他の音楽雑誌に寄稿しているにもかかわらず、吉田豪が違和感を感じて『DOLL』にだけは原稿を書かなかったり、知らない間に豊嶋が『DOLL』からいなくなって失踪した理由も何となく分かるような気がするよ。
「ドキュソOi一座の親方」さんよ、ここは重要だから聞いてくれよな。現在のインターネット時代というのは、アマゾンのカスタマー・レビューを見ても分かるとおり、貴重な金を支払っている消費者がホンネで商品について批判をするし、個人がホームページやブログを簡単に持ち、誰からの規制も受けずに言いたいことを自由に言うことの出来る、まさにファンが主役の時代だ。そんな時代にだ。タテマエに縛られて言いたいことも言えない、英語で書かれた資料を下手な日本語に翻訳するだけ(その程度の英語力だったら、日本人の誰もが持ってるから、自分で直に英語で書かれたバンドのホームページを見たりメールで問い合わせたりすればいいだけのことだ)、提灯記事ばかり書いて小銭を稼いでいるだけの穀潰しみたいなエセ評論家なんて、我が国に必要なのかね? ってことだよな。広告料が上乗せされているCDを買って、それらエセ評論家を食わしてやっているのは俺達ファンなんだぜ。「音楽評論家」の存在価値・意義なんて、もう無い時代じゃないのか。そんなファンが主役のインターネット時代に『DOLL』と癒着して提灯記事を大量生産しているアンタらは、一体どういうつもりなんだ? ファンの期待を裏切ってるよな。ワシら、ミスター高橋の暴露本世代ですねん。We all know which side we're on.
それはさておき、この本の内容は、Punk/New Wave寄りではあるものの、ローリング・ストーンズやジミ・ヘンドリックスなどの古典的なロックの評論も収録されていて、著者が決してパンクだけを飯のタネにしているわけではないことがわかるのだが、私が一番興味深かったのは、パンクやモッズ、スキンヘッズがリアルタイムでどのように紹介されていたかです。パンクについては当たり前過ぎて面白くないので、ここでは割愛して、実は意外に知られていないモッズとスキンヘッズについて焦点を当てたいと思う。
次の個所は、「モッズ・リバイバル」について紹介している文章です。「モッズ=ファッション」の図式は、今も昔も全然変わっていないようですね(笑)。
・・・日本の友人から送られて来たハガキによれば、”今、花のロンドンはモッズ族のまっ盛り”なそうな。また、どこかのお目出たいジャーナリズムやブティックが、「80年代はモッズの時代! 君もモッズ・ファッションで決めてみよう!」などと騒ぎ立てているのだろう。確かにロンドンの街角を何気なく歩いていても、モッズ・リバイバルの大きなきっかけとなった映画「QUADROPHENIA - さらば青春の光」のポスターがいたる所に貼られてある。この映画、日本でも公開されたのでアンタも見ただろう。世界最初のモッズ・バンド、ザ・フーの作ったロック・オペラをもとに、60年代モッズの生き様をリアルに描き出したものだ。
確かに現在のロンドンには、60年代当時のモッズを真似た、ニュー・モッズと呼ばれる一派が姿を見せ始めている。キングス・ロードの”ロボット”、”ジョンソンズ”などのブティックはモッズ・ファッションの震源地だし、カニング・タウンの”ブリッジ・ハウス”は、ティーン・ビーツ、パープル・ハーツなどのモッズ・バンドのメッカとして有名だ。だが、例のモッズ映画の原作者として、またザ・フーのリーダーとして名高いピート・タウンゼンドは、「現在のモッズ・リバイバルは単にファッション的なもので、俺達60年代のモッズの様な怒りを、彼らは持っていないように思う」と語っている。実際俺が見た2、3のモッズ・バンドも、音楽的にもリバイバルの臭いが濃く、それほどの衝撃はなかった。
ただその中で、ザ・ジャムとシークレット・アフェアーという2つのモッズ・バンドは、それなりのはっきりとした主張を持っているようだ。・・・次の個所は、「スキン・ヘッズ」と「ルード・ボーイズ」についてです。
・・・マッドネスというパンク版シャナナといった感じのグループのコンサートに行った時、頭を坊主刈りに刈ったスキン・ヘッズと呼ばれる連中が大変な騒ぎようだ。騎馬戦よろしく相棒を肩にかつぎ、”スキン・ヘッズ!、スキン・ヘッズ!”と連呼する。彼らは皆一様に喧嘩っ早く、15歳ぐらいの少年でも顔付きがピリピリしていて、妙に迫力がある。シープ・スキン・コートという長めのコートをはおり、ちょっと大学の空手部か応援団のあの感じがする。エセックス周辺の貧しい労働者の子供達が多いようだ。78年のレディング・フェスティバルでは、スキン・ヘッズとパンクの流血騒ぎが起こったりした。イギリスには、インドやジャマイカからの移民が多く、失業・住宅問題に絡んで、ナショナル・フロントと呼ばれる右翼団体が台頭して来ている。彼らは愛国者であり、大規模な有色人種排斥運動を繰り広げている。スキン・ヘッズの多くは、ナショナル・フロントやネオ・ナチ党の信奉者である場合が多いようだ。スキン・ヘッズの間で人気NO.1のグループ、シャム69の歌詞にこんなのがある。”教師は何も教えやしねえんだ。俺は『時計じかけのオレンジ』を読みながらツバを吐き散らす”
ルード・ボーイズと呼ばれる連中は、ちょうどスキン・ヘッズとモッズの中間のような存在だ。髪はスキン・ヘッズと似ているが、トニック・スーツにポーク・パイ・ハットという山高帽をかぶっている者が多い。マッドネスを初め、スペシャルズ、セレクターの黒人白人混合のバンドが、今ロンドンで凄い人気を集めている。ジャマイカのレゲエやスカのビートを取り入れた強烈なダンス・ミュージックだ。”パンクやテッズ、ナショナル・フロントに、モッズにヒッピーにスキン・ヘッズ・・・死ぬまで喧嘩を続けなよ。一体、俺は誰に向かって歌えばいいんだい!?”と歌うスペシャルズの歌詞は、現在のロンドンの若者達の状況を的確に言い表しているようだ。・・・(「フライデー」1980・2)
「スキン・ヘッズ」という「スキン」と「ヘッズ」を区切った表記も時代錯誤で変な感じがするが(笑)、こんな紹介のされ方したら、そりゃ福田和也先生も、あんな間違った認識のトンチンカンな記述しか書けませんわな(笑)。だって、上記の文章、60年代のオリジナルについて全然言及していないもの。いきなり人種差別主義的なスキンヘッド・リバイバルの一面を紹介しているだけで、しかもそれ以前の60年代にはスキンヘッドが存在していないような誤解を与える文章だから、これを読んだだけだったら、
「スキン・ヘッズとパンクの流血騒ぎ」
「ナショナル・フロントと呼ばれる右翼団体」
「愛国者」
「大規模な有色人種排斥運動」
「ネオ・ナチ党の信奉者」
「スキン・ヘッズの間で人気NO.1のグループ、シャム69」
「俺は『時計じかけのオレンジ』を読みながらツバを吐き散らす」と、それこそ射延博樹氏が危惧していたように、読者は「スキン・ヘッズ=人種差別主義者の集団」みたいな偏見しか持たないだろうね(苦笑)。それ以前に、「普段着ノーメイクで演奏する」コブラという救い様の無いトンチンカンな日本のバンドが、何を血迷ったのかトイ・ドールズをオイ・パンク(?)と定義したものだから、この国のOi!/Skinhead Cultの成り立ちは、根本から間違っていて支離滅裂なんですね。
しかし、この本、初版が1991年9月25日に発行されているのに、まだ本屋で売っているんですか? 出版業界が重版を差し控えていて、不況で本が売れないと嘆いている話をよく聞くが、シンコー・ミュージックも十数年かけても捌けない、とんだ負債を抱え込んでしまったな(笑)。
(2005年3月某日)
(C) 2003-2004 DOLL Q ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.