Skinhead Research
先日、頭の足らないエセ学生が"What's Skinheads?"と題して、Skinhead Cultについて無理矢理解説しているトンチンカンなWeb Pageを発見しました。それはもう絶望と呼ぶしかないような光景が展開されていたのである。すべてが浮ついており、中身がなく、ニセモノが横行し、モラルは低下し、着るものから音楽まで、Skinhead Cultの基底にあるものが、大音響とともに崩壊しつつあるように私には感じられたのだ。つまりSkinheadのことなんか知りもしないくせにSkinheadのふりをしたがって、そういうWeb Pageをでっち上げる奴らがいるんだ。まったく見ちゃいられないね。読んでみると、案の定、根本的に間違っていて、ある日突然ModからSkinheadが生まれたかのような誤解を招く書き方で、しかも驚いたことに、Skinhead Reggaeを単なる「付録」程度としか捉えておらず、年代的に後回しにしていました。こんな陳腐な間違った認識のままでは、この分野において我が国だけが世界から取り残されてしまうという危機感を抱いたので、参考文献をもとに手本を示したいと思います。なお、細かいファッション・スタイルについては省略していますのでご了承下さい。キーワードにはAmazon.co.jpへリンクを貼っていますので、必要ならば、ぜひ自分で問い合わせて購入して確かめてください。
スキンヘッズは、60年代後半の西インド諸島のスカやレゲエのスタイルそのものにならうことが多かった。社会の敗残者として、暴力と犯罪の中で生きることを余儀なくされた彼らが、レゲエ・シンガー達のアウトロー的な、無法者的な雰囲気に共鳴した部分も大きかった。スキンヘッズは、若者の夢が破れた60年代中頃に登場した。この頃には、スキンヘッズは、新たな若者文化としてというより、昔からある地元の縄張り意識がそのまま発展したという格好で、都会における暴力的存在として、その名をイギリス全土に知られるようになった。彼らのグループが大切にしたものは、ポップではなくスポーツ、それもサッカーだった。彼らにとって、サッカーは、栄えある男同士の集まりなのであった。そして彼らのファッション・スタイルは、まさにモッズから派生したものだった。
66年、モッズが分裂し始めると、硬派のモッズたちは、ヒッピー的なエキゾチック趣味のルーズなラインを嫌って、ますますモッズらしさを強調し、細部にもこだわりをもつようになり、攻撃的で男っぽい、労働者階級の生きた象徴になっていった。スキンヘッズにとって、聴くに耐える唯一の音楽は、ちょうどその頃、スカとロック・ステディをレゲエにクロスオーヴァーさせていたハードなジャマイカ音楽だけだった。デスモンド・デッカー(DESMOND DEKKER)の「007」(67年のマイナー・ヒット)リー・ペリー(LEE PERRY)の「ピープル・ファニー・ボーイズ」「アプセッターズ」などは、演奏コードが秘密にされ、部外者たちには怖くて足を踏み入れられない感じの、小さなクラブや違法ダンスホールで演奏された。
スキンヘッズが一つのスタイルとして定着してくると、彼らを狙った商品も続々と出てくるようになった。直接消費と結びつくことはなかったが、音楽の流れ全体もこの新しいサブカルチャーの方を向いていた。その最たる例がシマリップ(SYMARIP)の69年のヒット曲「スキンヘッド・ムーンストンプ」である。そして何より、スキンヘッズが全面的ムーヴメントとして拡がっていくにつれ、レゲエのレコードが大量に出回り、デイヴ・アンド・アンセル・コリンズ(DAVE AND ANSEL COLLINS)の「タブル・バレル」やハリー・J・アンド・ザ・オール・スターズ(HARRY J AND THE ALL STARS)の「リキデーター」、トニー・トライブの「レッド・レッド・ワイン」などが、69年、70年のチャート・ヒットとなった。
スキンヘッズのライフスタイルやファッションの移り変わりは、70年代初めに出版された数々の冒険小説に描かれている。その代表格リチャード・アレンは70年の中頃に出版した「スキンヘッド」の成功が引き金となって、同じテーマでさらに16編の小説を書いている。そこには70年代から77年までの、70年代のサブカルチャーの歴史が克明に語られている。
パンクは非常に自意識旺盛な70年代モッズとして登場した。モッズと同じく、スピード(ドラッグ)、ファッションへの執着、バイクという三種の神器を奉じ、「ポスト・モッズ」とされた。ひとり光彩を放っていたグループはザ・ジャム(THE JAM)。彼らはシブいスーツにツートーンの靴というスタイルで「バットマン」などのポップアート・クラシックナンバーをカヴァーしていた。彼らが「良い子」になった78年後半にはザ・フー(THE WHO)の「四重人格」が映画化され(「さらば青春の光(Quadrophenia)」)、ちょっとしたモッズ・リヴァイヴァルが起こった。映画が公開される頃にはザ・ジャムやコーズ(THE CHORDS)、パープル・ハーツ(PURPLE HEARTS)といったグループの周辺に、小規模ながらも熱狂的なモッズのサブカルチャーが復活していた。
スキン・リヴァイヴァルを促した中心グループはシャム69(SHAM 69)で、76年夏以降、熱烈なファンを増やしていった。新たに登場したスキンたちは、始めのうち第一波よりも曖昧で、政治的には右翼左翼のどちら側も支持した。若者勢力の中ではパンクとテッズ双方を支持していたが、パンクのスタイルの影響を受けるうちに、第一波スキンヘッズよりもずっと過激になっていった。スタイルが極端に走ると、その政治的理念も過激になった。77年には、シンボルとしてのユニオンジャック使いは、単にイギリス万歳というだけにとどまらぬ邪悪さを帯びたものとなり、台頭してきたファシスト党、ナショナル・フロントに乗っ取られた。77年の末から、シャム69のコンサートは人道主義者によって演奏妨害を受けるようになった。この時代からスキン・スタイルは、人種差別とファシズムの刻印を永久に背負うようになった。ナショナル・フロントに対する組織運動として、反ナチ同盟やロック・アゲインスト・レイシズムが、ポスト・パンクのサブカルチャーとして勢力を増していくにつれて、多くのスキン派は孤立し、人種差別主義グループに走るか、78年後期に浮上してきたツートーン・ムーヴメントに加わるか否かの選択を迫られた。
コヴェントリー出身のスペシャルズ(THE SPECIALS)のようなグループに代表されるツートーン(TWO TONE)は、その名が示すように、スキン・カルチャーの中に常に潜んでいた黒人・白人間の相関関係を公言した動きであった。60年代後期のスカや初期レゲエを取り入れた、スペシャルズやマッドネス(プリンス・バスターの有名な「ルード」ソングから命名したグループ)、それにザ・ビートは、ジャマイカの黒人音楽と哀れっぽくて攻撃的な白人パンクを融合させた、多人種混成のグループである。
暴力的で人種差別主義のスキン一派は、81年のある事件以降、ますます孤立するようになっていった。ロンドンのサウスオールのパキスタン人スラム地区で行われていたコンサートで、4・スキンズ(4 SKINS)という名の政治的立場の曖昧なグループが、人種間の暴動に巻き込まれたのだった。「オイ・バンド」が人種暴動、人種攻撃の共犯だったことが明るみに出ると、彼らは音楽業界からも若者文化そのものからも、完全に追放されてしまった。また、スクリュードライヴァー(SKREWDRIVER)というグループなどは、ファシスト組織との関係を明言してはばからない、暴力と露骨な自己宣伝以外には、全く能のない者たちだった。
81年以降、スキン・スタイルは様々な擬態のもとに再登場してきた。極左翼集団と組んだ80年代中頃のグループ、レッド・スキンズ(REDSKINS)や、アメリカのハードコア・パンクの流れをくんだ者、ゲイのグループに入るもの、等々。今日街角で見かけるスキンヘッドは、ファシストであるより、アートスクールの学生である確率のほうが高い。
参考文献
『イギリス「族」物語』
ジョン サベージ (著), Jon Savage (原著), 岡崎 真理 (翻訳)
戦後、資本主義社会のもとで物質的に豊かになり、大量消費社会になると生活にゆとりが生まれ、「若者文化」が芽生え、それが社会の中で影響力を持つようになってゆく。「Teddy Boy」から始まり、「Rockers」、「Mods」、「Beatniks & Hippies」、「Skinheads」、「Glam」、「Punk」、「New Romantic」、「Second Hand Style」、「Style Culture」、「Manchester」まで全部で11編のイギリスの「族」たちを、"England's Dreaming: Anarchy, Sex Pistols, Punk Rock, and Beyond"の著者として有名な、イギリスの社会学者が個々について、その相関関係からファッション・音楽に至るまで、飽くまで「広く浅く」解説した本。したがって文章は固く、その内容は時折難解で、学が無い(読書が嫌いな)人にはお勧めできない。ことに「Skinheads」に関して言うと、情報量こそ"Spirit of '69: A Skinhead Bible" By George Marshall*に劣るものの、60年代にオリジナル(Reggae)があって70年代にリヴァイヴァル(Oi!/Two Tone)があるという事実は、"Oi!"と"Skinhead"の区別が未だに出来ない幼稚な日本人にとっては目から鱗が落ちる内容だと思う。
*「Skinheads」についてさらに詳しく知りたい方は、"SPIRIT OF '69: A SKINHEAD BIBLE" By George Marshallを読んでください。写真が多いだの少ないだの、英語が読めないだの、おめでたい低レヴェルなこと言っとるアホは論外。あとはここで適当に探してくれ。ワシ、日本人に英語で書かれた本を紹介するのがつくづく嫌になったわ。
"SPIRIT OF '69: A SKINHEAD BIBLE" By George Marshall (PAPERBACK)
Skinhead Cultが、Modから突然変異して生まれたと思っている勘違い野郎はこれを読め!
Book Description
The definitive book on the British skinhead phenomenon. From the late 60s to the present, this book gives it to you straight. Style, music, football, aggro. From SHARP to the scourge of the neo-nazis. A wealth of photographs, graphics and cuttings make this a rather indispensable guide.
"SKINHEAD" By Nick Knight (PAPERBACK)
上記で紹介した"SPIRIT OF '69: A SKINHEAD BIBLE" By George Marshallの簡略化版です。 従って、同書籍をすでに持っている人は買わなくてよいかもしれません。"SPIRIT OF '69"に比べて活字が大きく、写真や図解が多いのが特徴です。まるで、Skinhead絵本ですね(笑)。しかし、どこの輸入ブローカーだか知らないが、「新品/ユーズド価格 : ¥9,005より」って客をなめてないか?
"SKINS" By Gavin Watson
これ、ただの白黒写真集です。まあ、このサイトを見に来ている人はTOEIC 700点以上のはずなので、こんなこと言うのもバカバカしいのですが(苦笑)、英語が読めない成りたがり屋のミーハーでも十分楽しめる内容じゃないのでしょうか(おまえ、英語習い立ての十代のガキか? だったら許してやるが、低レヴェルな感想文書いてんなよ)。某誌でいつもスキンヘッドの彼女を募集している変態さんも、多分この写真集でシコっているはずです。といっても、Skinhead Girlは、ほとんど載っていませんけどね(笑)。これをヤフオクで、3,200円で売っていた香具師がいました(それに釣られて買っていた馬鹿もいました)。こんなのAmazon.co.jpで正規の値段で簡単に手に入りますよ。消費者をなめんなよ。
『スカ・ディスク・ガイド - 400 Fabulous Discs From Jamaican Oldies Music』
山口 'Gucci' 佳宏(監修)
(リットーミュージック)関連記事:
多事争論
「キラーな、イナタい、ヤバい、スキンズ・レゲエ」 (2004年9月某日)今や、ミーちゃんハーちゃんのお遊戯演目として、我が国にも、すっかり定着した感のある「スカ」ですが、こうして、この本に掲載されているレコード・スリーヴを眺めてみると、そこには白人も黄色人種も入り込む余地の無い、つくづく黒人による黒人のための音楽なのだな、ということを思い知らされます。と思ったら、この本に掲載されているレコードは、いわゆる日本でいうところの「レゲエ」、土着的な"Original Ska"と呼ばれているものばかりで、「2 TONE & NEO SKA」と「JAPANESE SKA(なぜか、La-ppischもRude BonesもKemuriも掲載されていない)」の項目に至っては、ほんのオマケ程度の扱いです。全体の割合で言うと、それぞれ1パーセントくらいしかありません(苦笑)。
なるほど、この本の表紙を虫眼鏡で(なくてもいいんだけど)よく見てみると、赤黄緑のラスタ・カラーで塗られた"Ska"ロゴの上に、それとわからないように"The Original"と書いてあります(笑)。スポーツ新聞の見出しじゃないんだからさ(笑)。"400 FABULOUS DISCS FROM JAMAICAN OLDIES MUSIC"という謳い文句も注意して見なければいけませんね。だから、この本のタイトルは、本来ならば「スカ・ディスク・ガイド」ではなくて、「オリジナル・スカ ディスク・ガイド」にするべきだったんですよ。
さて、肝心な中身ですが、スカについての歴史の流れや概要は、冒頭に申し訳程度に書かれているだけで、いきなりディスク・レビューへと突入してしまいます。エセ評論家たちによる、ぶつ切りなレビューが続き、初心者には何が書いてあるのか、さっぱりわからないと思います(巻頭にある「初心者のための頻出語ひと言辞典」は語彙が圧倒的に少ない)。外交でも何でも日本人は戦略が無いとよく言われるけど、THE SKATALITESだけが別格扱いなのはいいとして、この本は大雑把にジャンル分けしてあるものの、何だか全体的に見たら戦略に欠けていて掴み所が無いんだよね。しょっぱい中古レコード店の棚を漁っているような感覚でした。あと、「グルーヴ」「キラーな」「キラー・チューン」だとか「イナタい」「ヤバい」だとか「スキンズ・レゲエ(こんな気持ち悪い言葉使いは有り得ない)」だとかのアホっぽい表現は反吐が出そうになりますね。中でも本根某のエロネタ全開、えげつないレビューが印象に残りました(苦笑)。The SKA TiPZのあの人も執筆しています。しかし、華僑(中国系)プロデューサーが、この種類の音楽に一役買っていたというのは面白いエピソードだよね。「当時、発売された日本盤」というのも面白いです。皿廻し(クラブDJ)達の観点から書かれている本だけど、まあ、何だかんだ言っても色々と勉強になります。
この本、日本初の「スカにスポットを当てたディスク・ガイド」だそうですが、本来ならば遅くとも、ギャズ・メイオール(Gaz Mayall)によってスカ・フレイムス(Ska Flames)が持ち上げられていた、80年代には出すべきでしたね。完全に後追い、これがロック後進国の悲しい性(サガ)なのでしょうか。
なお、参考文献として、偶然ネットで拾った、素人が書いたにしては面白すぎる、「よくわからないスカの歴史」を取り挙げておきます。誰もが自由に情報を発信できる、弱肉強食のインターネット時代というやつの好例ですかね。この本にレビューを書いているエセ評論家の皆さん、素人に先を越されちゃ話にならんぜ(失笑)。
『2トーン・ストーリー
スペシャルズ~炎に包まれたポスト・パンク・ジェネレーション』
デイヴ・トンプソン (著), 中島英述 (訳)
(シンコーミュージック・エンタテイメント)The Specials Website: www.thespecials.com
まず、日本サイドで勝手に付けた『2トーン・ストーリー』というタイトルは大いに問題ありだと思う。George Marshallが既に同名の書籍を発行しているんですから。俺は、てっきり、そのGeorge Marshallの本が翻訳されたのかと思っていたら、全く別個のものでした。原題は"Wheels Out of Gear: 2 Tone, The Specials And A World in Flame"ですよ。どこに"2 Tone Story"って書いてあるんですか? 裁判沙汰になっても知らないよ。
それはさておき、中島英述のおよそプロの翻訳家の仕事とは思えない下手な翻訳に目を瞑って最後まで読んでみたが、感想は「凄まじい」の一言です。『2トーン・ストーリー』とは言えども、その当時の英国はパンク・スキンヘッド・モッド・2トーンなどのユース・カルトが群雄割拠の状態で互いに行き来していて、この本一冊でそれらがすべて俯瞰できるという贅沢な本です。
小野島大先生が「Rudy=チンピラ」などという陳腐な発想で、「小粋なチンピラのロック」と浅はかな形容をしていたThe Specialsも2トーンも、実は、絶えずスキンヘッズの嫌がらせ、メディアからのバッシングを受けていて、英国全体は貧困、失業、人種差別主義、性差別主義、軍国主義などの抗争に明け暮れていたという。タフじゃなきゃ生きてゆけない、まさに70年代後半から80年代前半にかけての英国は激動の時代だったんですね。
なるほどThe Specialsの歌詞を読んでみると、結構意味深なことを歌っていて、例えば、"Concrete Jungle"なんかは、「俺はナショナル・フロントに命を狙われているので、護身のためにナイフを携帯しなければならない」みたいな、考えてみれば恐ろしいことを歌っているんだよね。その点、歌詞を読まない(英語だから読めない)我が国のミーちゃんハーちゃんは不幸だと思うよ。The Specialsは白黒混合の、ただ単に陽気なダンス・ミュージックを演奏して踊っていたチンピラだったという訳じゃないからさ。その背後では、血で血を洗うようなドロドロした人種間抗争、反体制運動、反ナチ同盟、反ファシズム運動などの地獄絵図が繰り広げられていたんだから(ただ、この本の中でサウスオールの暴動はスキンヘッズとアジア人コミュニティの両方に原因があったんじゃないかと書かれているように、大事なのは両者の立場になって考えるバランス感覚なんだろうけどね)。
この本は、それらを知るのに持って来いの本なんだけど、如何せん翻訳が下手すぎて話にならない。"National Front"、"British Movement"、"British National Party (BNP)"など固有名詞を無理やり日本語に訳す節操の無さ(漢字で書けば、日本の右翼団体みたいな雰囲気が出るのは否めないが)、「あなた」「その」「この」などの英語特有の訳さなくてもよい代名詞を訳す、変な倒置法をそのまま訳しているなど、そこらの馬鹿私立大学の学生が訳したみたいな、決して流暢ではない不自然な日本語で書かれているので、いちいち理解するのに読むのを中断しなければならず、読んでいて頭が痛くなってきます。この中島英述という人は、自分で訳していて、それが不自然な日本語であることに気づかないほど鈍感なのかね?
本来、翻訳家というのは、原文にそって忠実に逐語訳をするのではなく、いかに原文を噛み砕いて読者に分かりやすく伝えるか、それがお金を貰って引き受けるプロの仕事というものです。この中島英述というのは、自称翻訳家でありながら、そこが全然わかっていない。産業翻訳をするような感覚で訳してもらっては、金を支払って買った読者は大いに迷惑するわけです。趣味として無料でインターネットで公開している分なら、これでも構わないと思うが、2,800円+税という決して安く無い金額を支払って、消費者は買っているわけですから。翻訳家失格ですね。日本サイドで挿入したと思われる写真でミーちゃんハーちゃんを上手く騙して、翻訳の下手さ加減を上手く誤魔化していますけど(苦笑)。
しかし、この本について、「よくわからなかった」、「難しかった」といった感想をよく聞きます。それは翻訳に問題があるからではないかと思います。従って、信頼できる翻訳家、東本貢司氏か花房浩一氏に、もう一回ちゃんとした日本語で翻訳し直して欲しいです。中島英述が訳したヴァージョンは全部焚書。翻訳家は廃業(それだけ翻訳が酷いってこと)。シンコー・ミュージックも下手を掴まされて無駄な出費だったね(笑)。
ズバリ、本の内容は申し分無いのだが翻訳が失敗作。
P.S.
「観客がステージに殺到、東京公演2日めは会場が変更に。pic by Koh Hasebe」の写真に写っている、テリー・ホールの隣にいる2トーン柄のTシャツ着たジミー鈴木みたいな奴は大貫憲章先生ですか? 確か、東京公演二日目の会場が初日の暴動のせいで会場拒否にあって、ピーター・バラカン氏の取り計らいで急遽、ツバキ・ハウスというディスコに変更になったんだよな。
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