BOOKS
THE WINDS OF GOD―零のかなたへ
今井 雅之
角川書店 2001-04
売り上げランキング : 3,944
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暑い夏の日にテレビ・ドラマで放映されていたので、原作は、どんな感じなのかなと思って読んでみました。もちろん、原作で描かれていた細かい個所は省略されていましたけど、テレビ・ドラマそのまんまの内容でした(笑)。テレビ・ドラマ以上でも以下でもない、「すっきりしている」とか「薄っぺらい」とかいう形容詞も頷けます。
関西人が笑いを取ろうとすると、ラウドネスの二井原実ではないが、どうしても下ネタ全開の低俗な与太話に陥ってしまうという悲しい性(サガ)があるわけですが(苦笑)、それはさて置き、この小説は、神風特攻隊について肯定も否定もしていない。ただ我が国の歴史上で、そのような事実があったということを、タイムスリップした売れない漫才コンビを通して紹介しているに過ぎない(最終的には、何だか理由は良くわからないが、「皆がやってるから俺もやらねばならぬ」みたいな、日本人の悪しき慣習である「長いものには巻かれろ」的な体質で終わってしまうのだが)。
イデオロギーが入ってないというのは、公平だという反面、毒にも薬にもならないところがあると思う。これは、恐らく、著者が自衛隊にいたことが関係しているのだろう(もし軍隊経験の無い軍事オタクが書いていたら、机上の空論で危ない方向へ暴走していたことだろう)。また、素人が書いた小説のせいか、次第に特攻隊員たちと心を通わせていく、田代誠と袋金太の心境の変化が上手く描き切れていないような気がする。
シベリアン・ハスキー犬みたいな厳つい顔した著者は、法政大学の英文学科卒なので、文学の素養が無いはずはないのだが、所詮は素人が書いた小説に陥ってしまっていたところが残念だった(誰か第一線で活躍している作家が肉付けしたら、もっと良いものに成ると思うのだが)。
秋茜などの馬鹿ウヨ・バンドや若年層が、この小説の意味を履き違えて尻馬に乗って、この小説を錦の御旗として暴走しないことを望みます。
潜入ルポ アマゾン・ドット・コムの光と影―躍進するIT企業・階層化する労働現場
横田 増生
情報センター出版局 2005-04
売り上げランキング : 8,615
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当サイトも日頃、「アソシエイト・プログラム」で大変お世話になっているアマゾンですが、徹底した取材拒否・秘密主義を貫いており、その内実は、ほとんど明らかになっていないという。その秘密のベールに包まれたアマゾンの物流センターで約半年間、アルバイト作業員として潜入して働いた著者が見たものとは・・・
とまあ、平たく言えば、アマゾンの物流センターで短期間、時給900円(後に850円に引き下げ)のアルバイトをしただけなのに、同業他社に話を聞いて、参考文献を一通り用意して、アマゾン・ドット・コムすべてを語ってしまうという、ある意味で乱暴な本なんですけどね(笑)。そこはさすがに作家としての力量が試されるところで、この本の著者は、一を十に誇張して大げさに書く才能があり、この本を読むと、まるでカルト教団のアジトに潜入しているかのような、スリリングな気分を味わえます(笑)。
そこには、アマゾン社員を頂点にいただく"カースト制度"があった。トップのアマゾン社員の次には、センター運営を請け負う日本通運の社員がきて、その下にはアルバイト。さらに最下層には、入ったばかりのアルバイト見習いが控えるといった四層階層から成り立っていた・・・
とは言っても、今は、どこの会社でもアウトソーシングが行われており、正社員、契約社員、派遣社員、アルバイトといった階層に分かれているので、それほど珍しいことではないのですが。ただ、この本を読んでゾッとしたのは、林信吾氏の「ネオ階級社会」ではないが、この不況下の日本において、自分がいつでも、その最下層に成り得る可能性があるということ。特に年齢がある程度まで行ってしまった人が読むと、より現実味を帯びた問題として感じられると思います。勝ち組、負け組、年収1,000万円、300万円と、世知辛い世の中になってきましたね。
アマゾン・ジャパンは、店舗を構えて営業している大手リアル書店さえも凌いで、書籍だけで年商1,000億円もの売り上げを見込んでいるという。その売り上げは、全体で2,000億円を超えるらしい。まさにアマゾンの一人勝ち状態だ。ネット・ビジネスに参入するとしたら、アマゾンを超えるシステムを構築するか、アマゾンを利用するしかないということですね、奥手のMCRさんにdisk unionさんや。
顧客に対して至れり尽せりのサービスを提供し、普段何気なく、それを利用させてもらっていたアマゾンだったが、その企業努力の裏では、時給900円で雇われた、使い捨てのアルバイトが機械のように、一分間に三冊の本をピッキングしなければならないという、厳しいノルマを課せられて、物流倉庫の中を右往左往している、彼らの犠牲の上で成り立っているものだということを痛感させられました。アマゾンで一度たりとも商品を購入したことがある人には、ぜひ読んでほしい本です。
P.S. 著者は現在、妻の仕事の都合でパリへ移住しているそうです。まさに名前の通り、マスオさんだな(笑)。
マンガ嫌韓流
山野 車輪
晋遊舎 2005-07
売り上げランキング : 13
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まず、私個人として、韓国人(朝鮮人)は好きか嫌いかと尋ねられたら「嫌い」と答えます。理由は、仕事でプライヴェートで、今まで個人的に接したことのある韓国人(朝鮮人)男性というのが厚かましくて、いちいち敵愾心を燃やしてケンカを吹っかけてくるような奴ばかりだったからです。直接的に戦争責任だとか謝罪せよだとか言ってきたわけではないが、韓国人(朝鮮人)が日本人に対してコンプレックスを持っていることは薄々感じました。従って、煩わしいからという理由で、なるべくならば彼らとは関わり合いたくないというのが本音でした。この『マンガ 嫌韓流』には、我々日本人が日頃、疑問に思っていた、それはどうしてなのかという糸口が詳細に描かれています。
日本人に馴染みの深いマンガという媒体を使って、韓国人(朝鮮人)にディベートを挑むという非常に面白い本です。韓国人(朝鮮人)に対して感情的な誹謗中傷が描かれているのかと思ったら、意外とまともな本でした。韓国人(朝鮮人)がデフォルメされていて、エラ張った顔で描かれていたり、所々に2ちゃんねるから引用したと思われる小ネタを仕込んでいるところには悪意を感じましたけど(笑)。欧米人が日本人を描く際に、メガネをかけて出っ歯にしたりするのと一緒で、そのほうが分かりやすいし、仕方が無いのかもしれませんけどね。
それが正しいかどうかは別として、ちゃんと論拠・根拠をあげて言及しているので、ディベートとしては成立していると思いました。良く勉強しているなあということと、まだまだ自分も勉強が足らないということを思い知らされました。ただ、確かに歴史的な必然性はあったかもしれないが、踏み躙られた人々に対して、俺たちが正義で、俺たちが全部正しかったんだという開き直りは良くないとは思いました。
例えば、原爆投下を例にとっても、被害者と加害者との間の認識は大きく食い違うわけです。アメリカ側からしたら、これ以上連合軍側の犠牲者を出さないようにするために、戦争を早く終結させるために、原爆投下は正義の行いだったという認識でしょう。一方で、原爆を投下された日本側からしたら、あれは人種差別で不必要な大量虐殺だったという認識でしょう。韓国人(朝鮮人)の肩を持つ訳ではないが、被害者の立場になって考えることも必要ではないかと思う。ディベートという性格上、それは無理かもしれないけど。
80年代に、ジャパン・バッシングを行っていたアメリカ人政治家の家庭に行ってみたら、SonyのステレオやToyotaの車などがあって"Made in Japan"の製品で溢れていたという笑うに笑えない話がありましたが、 「嫌韓流」というのであれば、一生キムチを食うなよ、韓国製品を買うなよ。そうしたら日本では暮らせないと思うよ。日本というのは、それだけ韓国や周辺諸国に依存して成り立っている国なんですよ。タカ派を気取って攻撃的なことを言うのも結構だけど、国交を遮断したら現在の高い生活水準は維持できなくなります。日本は一気に、誰も見向きもしない三流国家へと転落することでしょう。
なるほど、日本側の主張は理解できました。今度は韓国側のそれらに対する反論を聞いてみたいですね。ぜひ韓国語に翻訳して韓国で発売して欲しいです。どんな反応が返って来るのか。この本に書いてあるように、韓国は言論の自由が無いから無理かな。ヒステリックな国民性だから人身事故が起きたりして(苦笑)。日本に追いつけ追い越せで、HyundaiだのSamsungだの目覚しい発展を遂げている韓国ですが、先進国みたいな振りをしているけど、まだまだ日本に比べれば発展途上国みたいですね。
韓国と日本の間を行ったり来たりしている、我が国のドキュソOi連中は、この本にあがった問題について、韓国人たちと、どう折り合いをつけているのかが気になった。例えば、ナショナリストの鉄槌がサムチョンとかいう韓国のバンドと一緒にライヴを行っているのは変だとか。
P.S. 巻末に「2005年9月1日 初版発行」、「2005年11月10日 6版発行」と書いてあるのですが、この書評を書いているのが2005年11月1日だから、まだ「2005年11月10日」には成っていないよ(笑)。どういうこと? 発行日を偽るのはやめてください。詐欺ですよ。
人種差別の帝国
矢部 武
光文社 2004-10-22
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具体的な事例を幾つも挙げて、アメリカが白人に都合の良いように作られた国であること、つまり「白人至上社会(White Supremacy Society)」だということを書いた本なんだけど、それは仕方が無いことだと思います。確かに、人種差別は良くないことだけれども、藤原正彦先生の言葉ではないが、どこの国のどんな社会へ行こうが差別は必ずあると思うし、大多数が自分たちとは異質な少数派を差別するのは、生物として当然の行動でしょう。それが嫌だったら、そこへ行かなければいいんですよ。そこへ住まなければいいんですよ。だから、有道出人氏が、わざわざ日本人に帰化して、「外国人お断り」の看板を掲げていた北海道小樽市の入浴施設を訴えたのは、やり過ぎだったと思うね。常に自分たちが正義だと信じて疑わないアメリカ人がやりそうなことだけど。因みに、著者は、アメリカだけではなくて日本の外国人差別問題についても書いているんだけど、蛇足に過ぎず、全体の5分の1にも満たない分量です。
日本の留置場police cellや拘置所detention centerでの外国人虐待事件police brutality against foreignersは後を絶たない。当時、東京都内の人権擁護団体に送られてきた米国人男性(黒人)からの手紙には、日本の留置場内での出来事が14ページにわたって詳しく書かれていた。
「捜査官がアメリカの奴隷よ(You, American slave!)、自白しろ(Confess now.)、と大声でどなりながら、私の頭をテーブルに打ちつけ、日本語で書かれた文書に強制的に署名させようとした。何が書いてあるか理解できないものに署名できない、と拒否すると、彼らは私の腹部や急所を殴った。署名するまでトイレに行かせないと脅し、私が小便を漏らしそうになると、定規を持ってきて、『ニグロのペニスNegro's penisは大きいって本当か』、と侮辱した・・・・・・」先日、テレビで『ザ・ベストテン』特集をやっていて、同番組にシャネルズが出演した際に、一般視聴者からの質問コーナーがあって、年齢の低い珍走みたいなのが、「どうしてシャネルズは黒人(実際には黒人ではなくて「クロンボ」と言ったそうなのだが、放送コードに引っかかるので言い換えていた)のくせにシャネルズって名前なんですか?」と質問して、それを聞いた黒柳徹子ただ一人だけが、その言葉の裏に人種差別的な意味を感じ、嘆き悲しんで番組終了間際に説教したという逸話をやっていたが、日本人の黒人に対する認識なんて、今も昔も驚くほど低いんじゃないのか? ダンスが上手いとか。リズム感がいいとか。セックスが激しいとか。ボビー・オロゴンみたいなヤラセの愚鈍キャラも、無知な御年寄りや子供たちから見たら、黒人は知能が低いから日本語が上手に喋れないんだとも受け取られかねない。
それはさて置き、アメリカの「白人至上主義」と言うからには、もちろん、「暴力的に白人至上主義を訴える集団」として、KKKやネオナチ、スキンヘッドなどについても書かれています。こいつらのタチが悪いところは、ヤクザと違って一般人に手を出すところ、ユダヤ系、黒人、アジア系、同性愛者などを理由も無く襲撃して新聞の一面を頻繁に飾るところですね。特にアメリカみたいな、拳銃だろうが麻薬だろうが何でもありの国では、"Militia"と言って、銃器で武装して私設軍隊化しているテロ集団が沢山いるから恐ろしいよね。日本人は下手したらヘイト・クライムで殺されるよ。なお、「『ヘイトグループ』 Active Hate Groups 分布図」というのが掲載されていたので見てみると、やはりアメリカ南部、東海岸、西海岸に密集しています。逆に、人口の少ない中央部の地域では、差別の対象である有色人種やユダヤ系も少ないということで、「ヘイトグループ」 は、ほとんどいません。日本人が留学するならば、絶対に人口の少ない地域に行ったほうがいいですね。
アメリカに憧れているミーちゃんハーちゃんというのは、イギリスに憧れている輩ほど表面化していないと思うが、日本人が向こうへ行ったら、どんな扱いをされるのか、この本を読んで事前に勉強してから行ったほうがいいですね。もちろん、この本に書かれていることをすべて鵜呑みにする必要は無いと思うが、日本人は皆が考えているほどの名誉白人には成れないことを理解しておいたほうがいいよ。それと同時に、日本がアメリカに負けず劣らずの「人種差別の帝国」であることも理解したほうがいい。この本は、それらに気づかせてくれる素晴らしい本です。
LIVE from LONDON ナマのイギリス英語を味わう!
岡田 久恵 ジャパンタイムズ
ジャパンタイムズ 2003-05-09
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本書のCDに収められている会話やアナウンスは、すべてロンドンとその周辺地域でライブ録音しました。会話に登場するのは、実在のホテルやショップなどの本物のスタッフ、あるいはロンドンに暮らすごく普通の人たちで、プロの話し手は一切いません。彼らには、あらかじめ作った台本を読むのではなく、普段話しているのとまったく同じ状態で自由に会話をしてもらいました。
ですから、ときには言い間違えたり、文法的に正しくない言い方をしたり、あるいは内容的に多少つじつまの合わないことを言ったりすることもあります。しかし彼らの「しゃべり」は、ロンドンに行ったときに私たちが耳にする、まさに「ナマの英語」。あなたが本書に登場するショップなどに行けば、実際に彼らと話すチャンスがあるかもしれないのです。・・・
我が国で「イギリス英語」と銘打った書籍が出版されるようになったのは、ここ数年のことでしょう。恐らく、映画『トレインスポッティング』やOasisやBlurなどのBrit Popが流行り、「イギリス・ブーム」などと称してミーハーな女子供が浮れていた90年代の終わり頃に始まったのではないかと思います。昨今の韓流ブームにも似たおぞましさを感じますけど、それ以前は「イギリス英語」と特定した書籍など一切無く、英語と言ったら必然的にアメリカ英語のことを指していたと思います。
私が危惧の念を抱いているのは、こういった本が出現すると必ず、井形慶子ではないが、大した英語力も無いくせに、イギリス大好き馬鹿女みたいなのが調子に乗って、まるで英国礼賛・日本批判本であるかのように、アメリカ英語は劣っていると、「イギリス英語」至上主義を唱え始めることです。「イギリス英語」、「イギリス英語」と騒ぐ以前にまず、ただの「英語」を勉強してください。日本で「英語」と言ったら、それはアメリカ英語なんですよ。「イギリス英語」と馬鹿みたいに騒ぐのは、それからだよ。
日本で出版されている「イギリス英語」と銘打ったCD付きの書籍を取り寄せて、実際にCDを聴いて利用してみて感じたことは、どれも内容が一緒で横並び、個性化が図れていないということです。それら書籍のCDの内容はというと、本に書かれている例文・構文をネイティヴ・スピーカーが復唱するだけ、あるいはAとBとに分かれて交互に会話をするだけといった具合です。しかしながら、それら「イギリス英語」本の中でも、この『LIVE from LONDON - ナマのイギリス英語を味わう!』は、(本当か嘘かは分からないが)上記のように「現地録音」という方法を採用していて、唯一個性化を図っている本だと思います。まあ、多少の仕込みというかヤラセみたいなのも含まれているかとは思いますが、従来の教材には無い斬新さがあります。すぐに体裁を変えて同業者が真似しそうですけど。
「5泊7日のイギリス旅行」をイメージして作られているせいか、あの独特な調子のパイロットのアナウンスから始まって、各パートが終わるごとにロンドンの地下鉄の駅や車内で流される本物のアナウンスが1つずつ収録されているなど、実際に旅しているような気分にさせられます。しかしながら、それで満足して終わってしまっては物事の本質を全然見極めていません。実際に現地へ行って体験しないと。
例えば、このCDに収録されているように窓口でネイティヴの白人が尋ねる場合と、英語がたどたどしい有色人種が尋ねる場合とでは扱いがまるで違うでしょう。また、紹介してくれる宿泊施設も、利用者が日本人だと聞いて、表向きは当たり障りの無い理由で宿泊拒否をするところがあるだろうし、レストランだって後から来た白人のオーダーを先に取ったり、有色人種は劣悪な席に案内されるかもしれない。この本はマニュアル通りの綺麗事だけで、そういう実際に旅をして遭遇するであろう負の部分は一切描かれていないわけ。だから「現地録音」とは言えども、所詮はNG無しで計算して作られた会話なんだよね。
こんなのを聴いただけで満足しているようでは、まだレベルが低いよ。因みに、英語が訛っているので全然リスニング・テスト用の勉強にはなりません。学校で習っている英語とイントネーションや発音が全然違うからね。恐らく、中高生が聴いたらカルチャー・ショックでしょう。
オール・ザット・モッズ!
VANDA
バーンコーポレーション 1998-06
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今から7年前の1998年7月20日に初版が発行された、その当時の「まるごとモッズがわかる本」的な本です。主に"Mods!" By Richard Barnesからのパクリ(翻訳)、出典不明の文献から翻訳・引用したバンドのBiography/Discographyから成り立っている本なんだけど、作りがぎこちないような気がする。それは、この本だけが持つオリジナルのコンテンツが少ないというか全然無いからだと思う。
せいぜい読む価値のある記事は、「モッズ」と「モッド」の区別もできないトンチンカンな問答の「JOHN HELLIER INTERVIEW - オリジナル・モッズの証言/blue dress, 江村幸紀」、2 TONEが内包していた政治性を一切無視して表面的な音楽性だけを抽出しておちょくった内容の「2 TONE/NEO SKA - ネオ・モッズと共に復権を果たしたスカ・ムーヴメント/三池淳司」、Manabu k. dove氏による「TOKYO MODS SCENE - "Where Mods Began" 東京モッズ・シーンの軌跡(1978 - 1998)」と「TOKYO MODS BAND! - 東京モッズ・バンド A to Z」くらいだろう。残りは他の本にも書いてあるような、知識の羅列に過ぎない。
このように参考文献をただ翻訳しただけ、知識の羅列といった仕事の仕方は、検索すれば何時でも何処でもタダで情報が(英語だけど)引き出せるインターネット時代の今となっては意味が無いんだよね。要は、その知識を使って自分の頭で考えて、どう分析したかが重要であって、単に英語で書かれた文献を翻訳・引用して知識をひけらかすだけだったら、ある程度の英語力と暇さえあれば誰でもできることです。それ以前に、いちいち日本語に翻訳したりしないで、英語は英語として読んで理解しないとダメなんだけどね。多かれ少なかれ、翻訳というフィルターを通すと国田ジンジャーや中島英述みたいに、翻訳者が下手だと間違った意味で伝わっちゃうからさ。
インターネット常時接続が当たり前となった現在では、この本が復刊されることは、まず無いでしょうね。復刊されなくても構わないんじゃないかと思う。日本のシーンを牛耳っていた、ほんの一部の人間たちの思い込みによるモッズ像しか書かれていないし、大半がパクリ・翻訳で成り立っていて、そんなに良い本じゃないしね。こんな本を読んで時代遅れの偏った情報を詰め込むくらいだったら、自分で英語で書かれた文献をインターネットや洋書なんかで直に読んで、新しい物の考え方を養ったほうがいいよ。
レゲエ・ディスク・ガイド―Features 603 Albums
石井“EC”志津男
音楽之友社 1996-08
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おそらく日本で一番最初に出版されたレゲエのディスク・ガイドだと思います。その一番最初というところが良くも悪くも露呈している本です。日本のレゲエ出版の黎明期というか、10年前の1996年7月30日に第1刷が発行されているせいか作りが雑です。インターネット常時接続が当たり前となった現在では、こういった知識の羅列は少し賞味期限切れに感じます。
社交辞令の「Preface(序文)」と「Foreword(はじめに)」、ほんの申し訳程度にレゲエの歴史を述べた「Foundation To Prevalent(ジャマイカン・ミュージックの変遷)」、メインの603枚のアルバムを紹介した「Disc Guide, Features 603 Albums(ディスク・ガイド)」、検索すれば何でも出てくるインターネット時代の今となっては価値が薄れた「Who's Who(レゲエ・人名辞典)」、この手のガイドブックにありがちでマスターベーション的な「Killer Discs(35人の筆者による個人別セレクション)」、小野島大先生のブログで潰れたとの報告があった店が掲載されている賞味期限切れの「REGGAE DISCS Available In Here(レコード・ショップ・リスト)」、索引として最後に「Index(アーティスト・インデックス)」という構成になっています。
一言でレゲエと言っても、この本の表紙の左下端に書いてある温度計のように、mento、ska、rock steady、reggae、lovers rock、dancehallと年代ごとに変化を遂げている訳であって、それらをごちゃ混ぜにしてアルファベット順に並べて紹介してしまったところが失敗だったと思う。レゲエの息吹がかかっていれば何でもOKということで、スペシャルズやSPECIAL A.K.A.、SKA FLAMES、東京スカパラダイスオーケストラなどが含まれていて、しかも年代もジャンルも国籍も無視されて、アルファベット順に並んでいるのでグチャグチャで、それでは頭が混乱してしまい何が何だかわからなくなってしまう。
第1刷が1996年に発行されていて、もう10年も経っているので改訂版を出してください。さもなくば、廃本でしょう。最近は、レゲエのガイドブックも乱立気味ですからね。
大誤訳 ヒット曲は泣いている
西山 保
光文社 2003-05
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ピーター・バラカン氏の『ロックの英詞を読む』が、ただ単に、英語の歌詞を紹介して、それを解説して、翻訳しているだけなのに対して、この本は、そこからさらに捻って、日本人の訳詞担当者による誤訳を指摘して糾弾し、(正しい)試訳を提案するといった構成になっています。従って、この本は、それが誤訳であるかどうかを見極める高度な英語力を読者に要求し、決してミーちゃんハーちゃん向けに書かれたものではないということです。英語力のないミーちゃんハーちゃんにとっては拷問以外の何物でもないと思います。例えていうならば、辞書無しで英字新聞を読んで大意が掴めるくらいの英語力を持った者でないと読んでいて苦痛に感じると思います。ある意味、知的なパズルのようなもので、書いてある内容を理解するのに相当に頭を使わなければならず、滅茶苦茶疲れました(途中で投げ出したくなることが何度もあった)。
ラバー・ソウル
ザ・ビートルズ
東芝EMI 1998-03-11
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Amazonで詳しく見る初歩的な間違いとしては、単語の聴き取り間違い、単語の綴り間違い。例えば、"track(軌道)"と"truck(トラック)"を間違えて訳す。仮定法や文脈の前後関係を無視して勝手に訳してしまう。その国の文化的背景を理解せずに、単語を辞書に書いてある額面どおりの意味で訳してしまう。酷いのになると全部反対の意味で訳してしまい原文の意味を損ねてしまう。果ては、ビートルズの"Norwegian Wood"は「ノルウェーの森」ではなくて「ノルウェーの木材(ノルウェー材)」だったなど、江戸賀あい子、湯川れい子、藤沢睦美、山本沙由理、山本安見、中川五郎、国田ジンジャー、小林政美、乃木敏平、沼崎敦子、ビジネス日本語協会、加納一美、内田久美子、武内邦愛(以上、敬称略)、こいつら本当にプロなのかと思うような誤訳が、これでもかと列挙されています。
俺は、てっきり、ネイティヴ・スピーカーのチェックが最終的にあって、はじめて歌詞カードが世に出されるものだとばかり思っていたのだが、この本を読むと、いかに日本の翻訳出版・音楽出版業界というのが誰からのチェックも受けないで、いい加減なことが罷り通っているか、誤訳だらけの歌詞カードによって、我々消費者が知らず知らずのうちに財布から金を抜き取られていて、どれだけ被害を被っているかがよくわかります。特に、ワイドショーでコメンテーターをやっている湯川れい子、翻訳本を出している山本安見、中川五郎、沼崎敦子、内田久美子、武内邦愛、帰国子女みたいな名前の国田ジンジャー、業者みたいな名前のビジネス日本語協会に至っては、その罪は大きいです。だって、それぞれの名前に相応しくないことをやっているんですから。
英語から日本語に翻訳することだったら、義務教育を受けて受験勉強を通過してきた日本人であれば、ある程度は誰でもできるし、インターネットを見れば誰もがやっていることです。また、インターネット上で英語で書かれた文献を、職業翻訳家でも何でもないエセ評論家が翻訳しただけみたいな手抜きの記事が『ドール』などでよく見受けられますが、そうなると、ロックの訳詞担当者になるには高度な英語力なんて必要なくて、ぶっちゃけコネだけということになりますね。日本の音楽ジャーナリズムと言うのは、基本的に、音楽オタクとミーハーだけしかいないので、そういう連中にプロの仕事を要求すること自体が間違っていることかもしれませんね。
だから、日本版に付随している歌詞カードというのは、勝手に日本サイドで聴き取って書き起こした歌詞と、その誤訳から成り立っているので常に疑ってかかったほうがいいかもしれません。そうしないと最悪の場合、ビートルズの「ノルウェーの森」のように間違った意味で覚えてしまうからです。日本の常識は世界の非常識とならないように、歌詞カードが目当てで日本版を買っている人は、これを機会に考え方を改めましょう。あと、これは『2トーン・ストーリー』を翻訳した、エセ翻訳家の中島英述にも、ぜひ読んで欲しい本です。
『ロックン・ロール・ジプシー - ぼくはロックで世界を見た』
二井原実(著)
(JICC出版局)
ラウドネスのヴォーカリストだった二井原実が書いた断片的な欧米ツアー体験談をまとめた本です。企画構成は、あの水上はるこ氏です。水上はるこ氏なのに、何故かシンコー・ミュージックじゃなくてJICC出版局からの発行となっています。あのメタリカですら影響を受けた日本のラウドネスというくらいだから、もっと真面目な文体を期待していたのだが、文章が稚拙で、二井原実が大阪人のせいか笑いを取ろうとして、下ネタ全開の低俗な与太話に陥ってしまっていたところが残念だった。ミッシェルとのラヴ・ストーリーも下世話な大阪人気質で台無し。同じバンドマンでも、スター・クラブのヒカゲが書いた『デッドロック・ストリート』のほうが遥かに文才があるし堅実です。水上はるこ氏が代筆して、もっと増しなものにならなかったんですかね?
「ばか野郎、ジャップ!! 目ざわりだからどっかへ消え失せろ、このイエロー・モンキー!!」
これは、海外で初めて、僕に直接あびせられた侮辱、差別の言葉だ。ロンドンの地下鉄、レスター・スクウェア駅の切符売り場でのことだった。
路線や料金がよくわからなかったので、切符の自動販売機の前で地図とにらめっこをしている時、後ろからいきなり罵声がとんできたのである。
「こら、ファッキン・ジャップ、ドジな奴!! うっとおしいんだよう、くそったれ」
初め、何を言われているのかわからずキョトンとしていると、かなりきついイギリスなまりのその男は、今度はていねいにゆっくりと同じセリフをくり返した。今度は僕にも、おぼろげながらその言わんとする内容がわかった。
切符を買うために行列している人々にも、一語一語はっきりと聞きとれた。その人たちも最初はビックリしたようだが、すぐに含み笑いを浮かべて、僕と男の、ことの顛末を見守っていた。
「ヘイ、ジャップ!! ここはお前の来るところじゃないぞ」
「ハ?」
「ジャップのくせにロング・ヘアーなんかしやがって!!」
僕は生まれて二十三年間、他人からあれほど侮辱的な態度で何か言われたことがなかったので、頭がすぐに働かず、いったい何が起こっているのかさえ理解できずにつっ立っていた。目の前が白くなり、くらっと倒れそうになった。・・・その他にも、ミッシェルを追いかけて遊びでサンフランシスコへ行けば12月7日の「パール・ハーバー・デイ」と運悪く重なり、街中は「ゴー・ホーム・ジャップ」、「リメンバー・パール・ハーバー」の文字が並び排日運動で盛りあがっている。アメリカのラウドネスのファンは、コンサート会場でも日系、白人、中国系とグループごとに固まっていて交わることが無い。AC/DCと一緒にツアーを廻ればファンから大量の唾を吐きかけられて「ファック・オフ」の大合唱。モトリー・クルーのサポートをすれば白人のファンから「ゴー・ホーム・ジャップ!!」、「モトリーのステージが汚れるぞ。ジャップは目ざわりだ!!」と罵声を浴びせかけられる。こうした日本人ならではの人種差別体験は筆舌に尽くし難いと思う。日本の頭の足らない馬鹿ガキは、それでも「ジャップ・コア」などという差別的・侮辱的な用語を使うか? Skrewdriverマンセーのドキュソは、それでも人種差別・白人至上主義のCDを買うか?
二井原実はアメリカ進出に先立ち単身で渡米し、アメリカ人用に歌詞を作り変えて、英語の発音・歌詞について朝から晩まで地獄のような特訓を行ったことが書かれているが、それでも”サンダー・イン・ジ・イースト”は、ビルボード誌のアルバム・チャートで良くて51位止まりで、思うように活動が出来なかったみたいだね。後にも先にも、日本の「ロック」が周到に用意して、アメリカにおいて成し遂げた結果が、これでしょう。きっと、それが越えられない人種の壁なんだろうな。
なお、イギリスの音楽雑誌について興味深い記述がありました。アメリカのインタビュアーは、大体において友好的で日本のロックに肯定的だ。イギリスではちょっと事情が異なる。
あるインタビューでのことだ。
インタビューは初めから終わりまで、いい雰囲気で進んだ。ラウドネスにとても理解があり、僕たちや日本のこともよく勉強していて、これからもラウドネスを応援していくよ、と言ってインタビュアーは去った。彼は僕らの記事が載っているという号を一冊残していった。僕は期待しながら読んでみると、内容はけちょんけちょん。ラウドネスのレコード評もボロくそで、こんなくそみたいなバンド、誰が応援なんかするか!! みたいな記事であった。その記事を書いた記者の名前を見たら、さっきのインタビュアーであった。
イギリスのインタビュアーは辛辣である。インタビューにやってくる記者がバンドを好きだとは限らない。そうなるとインタビューは地獄である。短気なミュージシャンなら、怒ってしまうような質問をずけずけとしてくる。自信にあふれた、自分はいつも正しいというき然とした態度で、あいまいな受け答えは許されない。
当然、雑誌の記事も世界で一番シャープである。イギリスの記者は辛辣な批評眼がないとやっていけない。
イギリスの雑誌の記事で、やたら誉めてあるのを見ると、うさんくさい気持ちになる。レコード会社からお金をもらっているのではと疑いたくなる。
いずれにしても、書く側と書かれる側とはあまり親しくならない方がいい。バンドと記者は水と油のようなものだ。友情がこじれれば人間不信のもとになる。・・・この個所を読めば、当サイトが「イギリス式(?)」と銘打っている理由がわかると思う。なあ、某馬鹿音楽雑誌で「ドキュソOi一座」の提灯記事を大量生産している山○健○さんにウンコ顔さんや(そもそも、本来ならば批評される側のバンド関係者がグルになって記事を書いている時点でインチキだと思わなければいけないんだけどね)。シビリアン・コントロールが全然成っていないんだよ。こいつらは金貰ってやってるくせに消費者のことなど無視して、官僚体質で談合政治を行い、特定のレーベルに利益を誘導するという形でしか記事を書けない提灯ライターなんだよ。まるで賄賂を貰って利便を図る汚い政治家と一緒だ。日本国内の狭い狭いスモール・サークル・オブ・フレンズでしか通用しない、そんなやり方では、いつかきっと破綻するよ。大体、あんたらの提灯記事なんて誰も期待していないんですよ。
巻末を見ると、昭和63(1988)年1月1日に初版が発行されて、平成元(1989)年3月1日には第8刷だから驚異的な増刷ですね。さすが日本を代表するバンドだけあって、恐らく、当時ヘヴィメタル・ハードロックを聴いていた連中は皆、この本を買ったのでしょう。当時、二井原実は27歳で現在45歳。プロフィールには「京都仏教大学社会学部社会学科8年生に今だ在籍中」となっていますが、京都仏教大学なんて聞いたこと無いけど、そんな大学あるんですか? しかし、現在の大貫憲章もといダチョウ倶楽部の上島みたいな姿を見るにつけて、時の流れは残酷だなあとつくづく思ってしまう(ミッシェルはどうなってしまっているのかなとか)。
ルーツ・ロック・レゲエ - ザ・ディグ・プレゼンツ - クロニクル・シリーズ
鈴木 孝弥
シンコーミュージック・エンタテイメント 2004-12
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紛らわしいことに同名のタイトルで同名の著者が監修したディスク・ガイドが同じ出版社から発売されていますが、この本は、そのディスク・ガイドが商品カタログであったのに対して、レゲエが内包する思想や哲学、猥雑さについて語っている補足の為の本というか姉妹本らしいです。『レゲエ・マガジン(RM)』において過去に掲載されたインタビュー記事を再録し、それらを軸にして年代ごとにレゲエについて音楽ライター、音楽評論家、レコード店店員、ミュージシャン、社会学者などに語らせた非常に密度の濃い本です。恐らく、マニア以外には何が書いてあるのかさっぱりわからないと思います。
中にはピーター・バラカン氏が「スキンヘッズ・ミュージックからボブ・マーリーへ」と題して書いたエッセイがあるんだけど、アーティスト名と曲名を羅列しただけみたいな感じで大したことない内容です。 「スキンヘッズ・ミュージック」と変な表記をしている時点で、ああダメだなこりゃと思ったんですけどね(笑)。
P.S. 白人至上主義に反対するからと言って、黒人至上主義にも、黄人至上主義にも、ましてや昨今の我が国のトンデモ右翼のように日本人至上主義にも成ってはいけないことがよくわかる一冊となっています。
音楽誌が書かないJポップ批評 (34)
宝島社 2004-01
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別冊宝島の『音楽誌が書かないJポップ批評』というシリーズが、どういうコンセプトで刊行されているのかは知らないが、本の内容は、100円ライターが書いたミーハーちっくな駄文の寄せ集めといったところ(執筆者の中には、インターネットからスカウトしてきたと思しきド素人もいる)。
SSSの連中からは痛絶(「痛絶」って何? 「痛切」の間違いだろ?)な批判を浴びせ掛けられ(中野の某ぼったくりレコード屋談)、射延兄弟からは「シンガロンガ?」と揶揄されているコブラについて、Skrewdriverマンセーの某ファシスト放送作家が誉めてんだか貶してんだかよくわからないトンチンカンな紹介文を書いているのだが、それよりも興味深かったのが「アーティスト名言集 彼らの若き日々 1990」と題した記事の中にあったナオキ[COBRA]の発言です。
#13 ナオキ[COBRA]
<あるバンドに入って、最初のうちはよかったけど、後半はね、結構ヘンな方向に行ったでしょう>
(『ロッキング・オン・ジャパン』90年11月号)
<あるバンド>とは、もちろんラフィン・ノーズのことである。メジャー・デビュー後のラフィンの迷走、チャーミーの独走に、ナオキはかなりウンザリしていたらしい。このインタビューでも<だいたいパンクにジャマイカなんか取り入れようとした時点でおかしいやん(笑)><メディアが持ち上げるでしょう、チャーミーの人間、アーティスト性を。で、やっぱり彼は自分のヴォーカルよりもアーティスト性に走って行ったわけで、ヴォーカル力磨く前にね><だって業界人が吹っかけてくるやん、弱い人間に>と激しくブチまけている。そして、地に足のついた等身大パンク、コブラに加入。
「だいたいパンクにジャマイカなんか取り入れようとした時点でおかしいやん(笑)」という個所から察するに、やはりこのナオキという人は「シンガロンガ?」一辺倒で、Skinhead Reggaeなんてものが存在していたことも知らずに、Oi!/Skinhead Cultについて全然理解していなかったのかもしれません。因みに、LRFが後に、この内紛劇をネタにして某曲の歌詞にしたとかしないとか(笑)。
P.S. ミーちゃんハーちゃんを除外する苦肉の策として、「男しか入場させない渋谷公会堂」(91年4月コブラ)って、性差別主義者のやることじゃないですか(笑)。しかも、そんな奴が写真の中で、Minor Threatのロゴが入ったTシャツを着て叫んでいるんだぜ。可笑しいよ。
ラグナビーチより愛をこめて―大森実のアメリカ日記
大森 実
学習研究社 1989-11
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この『ラグナビーチより愛をこめて - 大森実のアメリカ日記』という本は、1989年11月25日に第一刷が発行されているから、ちょうど日本企業がアメリカに進出(侵略)して傍若無人の限りを尽くして絵画やビルを買い占めたり、日米貿易摩擦で日本人に対する憎悪が高まりジャパン・バッシングが行われていた時期に書かれた本ですね。ただ、書いてある内容はバブル経済に浮かれている日本という感じで時代錯誤も甚だしい。昭和天皇死去は言うまでもなく、レーガン大統領や「日本列島をアメリカの為の不沈空母にせよ」などという暴言を吐いた中曽根康弘が話題に出てきたり、日本にはホームレス問題なんか無いという論調でアメリカのホームレス問題について語っている個所があるのだが、それが驚いたことに現在の我が国の状況と丸っきり当てはまるんだよね。それだけ我が国の貧富の格差が開いてきて、アメリカ化していることの現れでしょう。こんな日本に成ることを1989年当時、一体誰が予想できたであろうか。
ところで、この本の中には「スキン・ヘッド族と黄禍論」と題した興味深いエッセイがあるのだが、
・・・西ベルリンのシュパンダウ監獄のなかで誰かに殺害されたらしい元ナチス党副総統ルドルフ・ヘスの葬式があったとき、頭を剃刀でまるめたスキン・ヘッド族たちが、警官隊ともみ合っていたのをテレビで見て以来、私はスキン・ヘッド族には注目してきた。
シュパンダウ監獄が取り壊されることになったのは、ナチズムの台頭を恐れた西独政府が、ナチ戦犯の収容所だった同刑務所をスキン・ヘッド族によってシンボル化されてはたまらないと考えたからだそうである。 アメリカのスキン・ヘッド族の本拠地は、アラバマ州モンゴメリーにあるそうだ。
「南部貧困者救済センター」と呼ばれているが、このセンターが黒人牧師マルチン・ルーサー・キングのゆかりの地にあることは決して偶然ではない。モンゴメリーはかつては、黒人とユダヤ人を殺戮したKKKの本拠地でもあったからだ。
フロリダとカリフォルニアには、WARという秘密組織がある。戦争と同じ綴りになるが、ホワイト・アーリアン・レジスタンスという名の白人優越主義団体である。この両州人口の過半数に近づこうとしているラテン系、アジア系のマイノリティ(少数民族)を優遇する州政府撲滅し、その役人を一人ずつ殺害していくことを唱える恐ろしい組織である。
英国にも「スクリュー・ドライバー」というスキン・ヘッド族組織があって、「白人の誇り」というロック・ミュージックをカセット・テープにして、アメリカや西独に輸出しているらしい。
アメリカの高校では、ロッカーの扉に「白人の誇り」のワッペンが貼られているそうだが、これと同じワッペンが自動車のバンパーに貼られているのを見たことがある。・・・
1989年というのは、石原慎太郎の『「NO(ノー)」と言える日本』が出版された年でもあり、その頃は「黄禍論」というのが流行っていたのでしょう。靖国神社がスキン・ヘッド族によってシンボル化されたらたまったもんじゃないな。やはり、そこがナチズムの台頭を恐れてシュパンダウ監獄を取り壊した西独政府と戦争責任を曖昧にしてなあなあで済ましてきた日本政府の違いでしょう。因みに「スクリュー・ドライバー」というのは組織ではなくてバンドです。「白人の誇り」というのは"White Power"か???
欧米人とやり取りをしていると、ヒトラーや"White Power(白人の力)"と書かれたTシャツを着ている日本のBoneheads(頭空っぽハゲ)を見たことがあるという話をよく聞きますが、まあ、日本のBoneheadsが"Yellow Power"ということはないでしょう。日本人は中国人や韓国人とは仲が悪いから連帯して「黄禍論」ならぬ"Yellow Power"とは絶対に言えないからね。日中韓共同で歴史教科書を作るかのごとく難航を極めると思います。強いて言うならば"Japanese Power"か。だから結局、日本人は日本人同士で傷を舐め合って慰め合うしか方法がないのでしょうね(苦笑)。だけど、それじゃ鎖国を続けているようなもので、世界から孤立せざるを得ないぜ。どんどん英語で情報を発信して近隣諸外国に説得して理解させないと。そこが日本のSkrewdriverマンセーのドキュソやトンデモ右翼に欠けてるところだな。
この「スキン・ヘッド族と黄禍論」というエッセイは、
デトロイトで中国系の少年が射殺された事件が起こったとき、米国務省の対日政策立案のポストにあったことがあるリチャード・フィンが電話でこう言ったことがあった。
「あの中国系少年は、どうやら日系と間違えられて撃たれたらしい」
やっぱり、黄禍論が芽を出している。
という文で終わるのだが、日本のBoneheadsもいい加減、ヒトラーや"White Power(白人の力)"と書かれたTシャツを着るのをやめたほうがいいよ。日本の恥だし、愚の骨頂だからさ。
日本ロック雑誌クロニクル
篠原 章
太田出版 2004-12
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・・・ロック雑誌が消えてしまったいちばんの理由は、おそらくインターネットの普及と関係が深いだろう。マニアやファンのみならず、最近ではアーティスト本人が詳細かつ最新の情報をアップしたウェブを運営している。ほとんどのアーティスト情報・新譜情報はウェブから入手できるようになっているのだ。レコード店のポップ広告(作品ごとの紹介文)やその集成としての無料販促マガジン(タワーレコード『BOUNCE』など)も、ロック雑誌を不要にしてしまった理由のひとつだろう。
70年代のロック雑誌は批評を寄せ集めたものだった。批評も批判もいらない、思想も蘊蓄もいらないというロックファンが増えた80年代になると、インタビューを含めたアーティスト情報と写真の掲載のみがロック雑誌に求められる使命となった。が、そんなものは今やウェブやテレビからいくらでも入手できるようになっている。どうしても必要なモノや情報があれば、ファンのために組織されたメーリングリストやBBS、場合によってはネット上のオークションなどを通じて手に入れればいい。あえてロック雑誌を買う理由もなくなっている。ロック雑誌が成立する基盤はほぼなくなりかけているのだ。・・・
結論からいえば、商業的なロック雑誌は事実上壊滅しつつある。いや、ほぼ壊滅状態といえるだろう。ロック雑誌がまだ生き残っているとしても、それは過去の遺産で食いつないでいるにすぎない。未来への展望は、ない。・・・
という悲観的な「序章」から始まる、日本ロック雑誌の歴史を紐解いた非常に興味深い本です。インターネット時代の到来により、中間業者として売り手の論理でもって今までファンを騙して搾取してきた『DOLL』もエセ評論家も飯の食い上げ、お先真っ暗だということみたいですね(爆笑)。財政学の教授が言っているんだから間違いないでしょう。
ビートルズを金看板にしてミーハー路線で売りまくった星加ルミ子の『ミュージック・ライフ』、60年代フォークを取り込んで思想を前面に打ち出した中村とうようの『ニューミュージック・マガジン』、アングラ・フォークを扱ったURCレコードの広報誌『フォーク・リポート』、ミーハー路線の『ミュージック・ライフ』と思想を前面に打ち出した『ニューミュージックマガジン』を融合した読者投稿型の渋谷陽一の『ロッキング・オン』、敢えて音楽批評的なアプローチを避けて情報誌に徹した関川誠の『宝島』、ファッションやアートを重視して常に最先端を走っていた阿木譲の『ロック・マガジン』という、それぞれの雑誌の紹介(フワフワしていて鋭い分析とは言い難い)と当時編集長だった人々へのインタビュー、その他諸々のコラムで構成されている本です。
非常に残念だったのは、渋谷陽一氏だけが「メリットがないから」という理由でインタビューを断ったところです(著者による架空インタビューは寒すぎる)。まあ、渋谷陽一らしいといえば渋谷陽一らしいんだけど。でも、未完成なジグソーパズル、歯の抜けた櫛のようで後味が悪かったです。従って、その『ロッキング・オン』の紹介文は、渋谷陽一氏の一連の著作を焼き直しただけの内容で全然面白くなかった。氏のケンカ売りまくり買いまくりの論争をまとめた「メディアやつあたり 渋谷」史は面白かったけど(渋谷陽一って大貫憲章とも論争してたのか)。
この本の著者である篠原章氏というのは、本職はロック・ミュージックの社会学ではなくて財政学が専門の教授なんだろうけど、まあ言ってみれば大根作家だな。こういうタイプの人は象牙の塔にありがちなんだけど、参考文献を用意して物事をまとめる仕事は得意なんだけど、実際に批評やインタビューなんかの仕事になると素人丸出しというか、鋭い突っ込みが全然足らないんだよね。渋谷陽一氏の言う、欧米では当たり前となっている対決型のインタビューに全然なっていないんだよ。やっぱ、相手を怒らせて本音を引き出すくらいの鋭い突っ込みがないとインタビューは面白くないよ。
そうは言っても、そのインタビューの中でいくつか興味深い個所があったので紹介します。星加ルミ子氏というのは典型的な西洋偏重主義者、洋楽偏重主義者みたいですね(いわゆる肉便器?)。井形慶子あたりの馬鹿「英国礼賛本」に群がるミーハーな女子供を見ているようで、悪寒を感じました。
(中略)
星加 今でも当時、活躍していた日本のミュージシャンに会うと、「星加さんは、俺たちなんか全然歯牙にもかけなかった。日本のロックなんて目にも入ってなかったよね」って。「アメリカとイギリスばっかりでさ」っていう人がいるんです。「その通りよ。だって同じものをやったら本物がいいに決まってるじゃないの」って答えますけどね。もちろん最初はコピーであっても、本物になった優れたミュージシャンが何人か確かに出ましたけど、ほとんどはただのモノマネで終わってしまった。本物を聴いてきてる人間にはとても聴けません。それは、今でも同じですよ。この歳になったら大きな声でいってもいいかなって(笑)。
―現在は洋楽と邦楽と比べると邦楽のほうが遥かにマーケットが大きい。いわゆるJポップが主流ですよね。こうしたJポップには関心がありませんか?
星加 全然ないですね。ユーミンやアルフィーが一世を風靡するなんて、音楽を知らない日本のファンはかわいそうだなあと。これが老婆心なんでしょうけど(笑)、私は音楽だと思っていません。
(中略)
ー「スキヤキ」がアメリカのチャートのトップに立ったっていうのは違和感がありました?
星加 ありました、どうしてこんなものがいいんだって。「何でだ? これはどこの力が働いているんだ?」って。もうその頃はすれっからしになって、業界の裏も知ってましたから、誰かが相当な金を払ったんじゃないかと(笑)。
第1章 ビートルズが生んだ日本初のロック雑誌
星加ルミ子と『ミュージック・ライフ』より
次の個所は、渋谷陽一氏が『ロックはどうして時代から逃れられないのか』の「専属ライター制はブタだ」の中で言及していたことと丸で一緒ですね。ベンジャミン・フルフォード氏の『日本マスコミ「臆病」の構造』を引き合いに出すまでもなく、こういった事務所の圧力や利権が絡んでくると、もう真っ当なジャーナリズムは成立しなくなってしまうんですよ、なあ、『DOLL』におんぶにだっこの「ドキュソOi一座の親方」さんよ。
(中略)
関川 音楽誌としてやっていくうちに、「行政」みたいなものが出てきたんです。「表紙にしてくれないんだったらインタビューは受けません」とか、「『パチパチ』の表紙になったんで今月はできません」とか、「あっちは10ページやるのに、なんで『宝島』は2ページなんですか」とか。最初はそういうのがなかったんです。邦楽ロックをやってるのがウチだけだったんで。そういうのがまったくない時代が長かったから、嫌な感じというか、変わってきたなと思いましたね。
(中略)
関川 結局、音楽誌って、行政的なことに完全に縛られてしまうんですね。表紙にしても、だんだん事務所が強くなり、そのうちに写真も選ばせてくれとか、原稿やインタビューもチェックしたいとか、インタビュアーもカメラマンも指定の人を使ってくれと。それで冷めてきちゃうんですよ。そんな状況を目の当たりにすると、音楽雑誌としてやってくことに情熱をもてない部分が出てきたんです。だったら日本一のエロ本を作ったろかとか。そっちのほうがぜんぜん燃えましたよね。
第5章 バンドブームとゲリラ雑誌の熱い日々
関川誠と『宝島』より
で、肝心の森脇美貴夫と『ZOO』『DOLL』は何処に書いてあるのかというと、これが完全に格下扱いで(笑)、その他大勢のパンク雑誌と一緒くたにされて「パンクムーヴメントを支えた雑誌メディア」というコラムの中で申し訳程度に語られているだけでした。
そりゃ仕方が無いだろうね。だってさ、ただ気分ラジカリズムのパンク雑誌というだけで、これといった際立った特徴もなくダラダラと惰性で身内自慢コンテストを続けているだけなんだから。それに『ロッキング・オン』と違って、未だに配本ルートが未熟で、アマゾンで売っていないくらいマイナーな零細同人誌だしさ(笑)。パンク黎明期の70年代後半からやっているにも関わらず、『ロッキング・オン』に水をあけられて、この体たらくだから、いかに向上心の無い閉鎖的な雑誌であるかが分かるよね。
インターネット時代の現在においては、同人誌化するしか生き残る方法が無いんだろうけど、しかし、それは無意味なことで無駄な悪あがきに過ぎす、この本の著者が「序論」の中で言っているように、「もはやぼくたちは、念仏を唱えながら墓碑銘を刻み、潔く鎮魂歌を奏でるほかない」んだろうな(笑)。こりゃDOLL潰れるね(・∀・)ニヤニヤwww。
ところで、『DOLL』って廃刊まで、あと秒読みどれくらいなの? 早く潰れないかな。近いうちに潰れることは確かなんだけどさ(笑)。
REVIVAL版 ハートはTEDDY―写真集・日本ロックンローラーズ
グループ「フルスロットル」
第三書館 2003-06
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日本版"Teds"あるいは"Rockers"といったら大いに語弊があるかもしれませんが、80年代の我が国において、週末になると原宿歩行者天国へ集まってきてチームを組んで踊っていた、リーゼントに皮ジャン、アラジンみたいなサングラス、横縞模様のTシャツ、サンダーバードみたいな帽子にアメリカのGIみたいな制服、50年代風ファッションできめたロックンローラーズ、通称ローラー族の写真集です。ギター・ウルフや昔のThe Modsが何百人も集まって、路上でラジカセから流れるロックンロールに合わせてクネクネ踊っているといったらわかるでしょうか(笑)。ガイジンさんの見物客がいたり、凄い黒山の人だかりで、
クリームソーダあたりの服屋はボロ儲けしたのではないかと思います。
何で80年代の日本で50年代アメリカンな格好をして踊らなければならないんだと思うかもしれませんが、おそらく音楽でいえば横浜銀蝿やキャロル、クールス、ヴィーナス、社会問題としては暴走族、校内暴力、なめ猫なんかのツッパリ・ブームも関係していてマスコミが大々的に煽ったからでしょう。ところが、この本に書かれている当時の彼らの文章を読むと、バックにヤクザはいらないだとか、竹の子族とは違うとか、俺たちを暴走族と一緒にしないでくれと盛んに言ってますよね(その文章の中で、さりげなく天皇批判をしているところが凄い。REVIVAL版では、アナーキーの曲みたいにカットされているのかな?)。
そうは言っても、掲載されている写真を見る限りでは、みんなストリート・ギャングみたいな厳しい顔をしていて、暴走族から流れてきている輩がかなりいたのではないかと思います。あと、女の子の服装がケバくて、戦後の焼け野原で進駐軍を相手にしていた娼婦にしか見えないんですけど(笑)。ナチの帽子かぶってるドキュソはJean Jacques Burnelに見つかったら廻し蹴りされるぞ(笑)。何ページ目かを書こうと思ったけど、俺が持っているやつはREVIVAL版じゃないんだけど、何故かページ数が振っていないので後で参照するときに滅茶苦茶不便なんだよね(笑)。欠陥商品だな、これ。
面白いと思ったのは、当時、ディスコへ行けばローラー族 vs (モッズならぬ)サーファーとの戦いが待っているというところですか(笑)。たしかアナーキーの曲でサーファーをおちょくったやつがあったよな。あと、イギリスのフーリガンみたいに自分のチーム名の入った名刺を作って持っているところかな。
残念なのは、後に、この原宿歩行者天国から起こるバンド・ブームもそうだったけど、日本というのはミーちゃんハーちゃんや女子供を取りこんで、商売にして一過性のブームになるのはいいのだが、無邪気なアメリカ信仰、薄っぺらい模倣にしか過ぎず、10年・20年したら跡形も無く消えて無くなっているところでしょうか(いや、ギター・ウルフが現在継承しているのだろうか?)。
レゲエ入門
牧野 直也
音楽之友社 2005-04-28
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一部、「××○×」のような、リズムを記号で表した素人には理解不能な個所がありますが(実際にレコードを聴くのが一番手っ取り早いんだろうけど)、これ一冊でジャマイカという国の歴史・社会・宗教、スカ、ロック・ステディ、レゲエ、ダブ、その他諸々のすべてがわかると言っても過言ではないくらい素晴らしい本です。
従来のガイドブックにありがちな、ジャケット写真と一緒に当たり障りの無い寸評を付けて、これ見よがしにズラーッと並べ立てて、「どうだ、これがレゲエだ」と言わんばかりのやっつけ仕事、断片的なものと違って、この本のように読みやすい文章で体系的に言葉を尽くして説明されていると説得力があるし、平面的にレコード・ジャケットを羅列して一丁上がり的なガイドブックとは違って立体的に物事を見ることが出来る。「キラーな、イナタい、ヤバい、スキンズ・レゲエ」などと意味不明な言葉を吐いて説明責任を果たさないで逃げている、コネで入っただけの馬鹿ライター諸君には決して真似の出来ない仕事です。
個人的には、アイルランド人がジャマイカのクレオール音楽の形成に何らかの影響を与えている、ジャマイカ人の名前にケルト名の痕跡がたくさん残っている、という個所が非常に興味深かったです。いや、素晴らしい。まさにレゲエの入門書ですね。持っていない人は絶対買いましょう。
ロンドン パブのメニュー
城 アラキ
アスペクト 2000-09
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「ロンドン」と称しているが、著者が冒頭で断っている通り、広くイギリスのパブで出されるメニューを地域にこだわらずに掲載している本です。なお、料理の写真と簡単なレシピが掲載されています。この本を作ったスタッフは、すべて日本人で当のイギリス人は関わっていません。イギリスの本屋で日本料理と称して、和と中華がごっちゃになった料理を掲載しているトンデモ本を普く見たことがありますが、イギリス人がこの本の写真を見たら、きっと、それと一緒の感覚でしょうね(笑)。要は、メディア・リテラシーは、いつでも必要だということです。
さて、イギリスの料理は不味いとよく言われていますが、この本に載っている料理も御多分に洩れず、イギリス人特有のジャガイモをやたら使用したものや、塩コショウのみで味付けして、グッチャグッチャにして素材の味を殺したような、いわゆる「粗食」ばかりで、正直言って、聞いたことのない食材を揃えて、わざわざ作って食べたいと思うようなものはありませんでした。イギリスにいたとき、ケバブと交互にして毎日のように食べたフィッシュ&チップスも、こんなに簡単に作れるのかと思うほどレシピが簡略化されていて捻りが全く無く(インターネットで検索して見つけた某サイトには、衣の生地にエールを混ぜると書いてあったのに)、この本の写真を見る限りでは萎びていて、多分、モドキは作れるかもしれないが、本場の食感・味には到底辿り着けないだろうと思いました。
僕は、イギリスの物なら盲目的に何でも有り難がる「イギリス大好き馬鹿女」ではないので、はっきり言うが、時間とお金をかけて、わざわざ不味いものを作って食べたい方はどうぞ(笑)。あと、全編カラーじゃなくて、本の作りが雑でイマイチ。
Fuller's: http://www.fullers.co.uk
Bass: http://www.bassale.com
Guiness: http://www.guinness.com
Tanglefoot: http://www.tanglefoot.co.uk
Legends: http://www.legendslimited.com
新版 年収300万円時代を生き抜く経済学
森永 卓郎
光文社 2005-05-10
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恐らく、林信吾氏は、この本からヒントを得て、この本には詳しく書かれていないヨーロッパ型の階級社会を掘り下げるつもりで、自身のイギリス滞在経験と照らし合わせて『しのびよるネオ階級社会 - ”イギリス化”する日本の格差』を書いたのだと思うけど、この『年収300万円時代を生き抜く経済学』は、はっきり言って、つまらない本でした。著者の他の作品を読んだことが無いので、これが著者本来の作家としての実力なのか、この本だけ手抜きして書いたのかどうかは分からないが、短期間にやっつけ仕事で書いたような感じで、とてもじゃないがプロの仕事ではないと思いました。
前半は小難しい経済学の講釈、後半はアメリカ型とヨーロッパ型の階級社会について説明し、では我が国は、どうすれば良いのかという解決策を述べているんだけど、結論は、ラテン民族のように仕事を減らして遊びなさいよと言っているだけなんだよね。私は、イタリア人相手に仕事をしたことがあるが(断っておくが、ブルータス何とかという盗人とは全く関係無い話)、いい加減な奴らで何度催促しても全然書類送ってこなかったぞ(笑)。出来ることなら関わり合いたくないと思ったね。真面目で勤勉なのが日本人の取り柄じゃなかったんですかね?
あと、小難しい経済学の講釈の中で、著者はベンジャミン・フルフォード氏と似たようなことを述べているんだけど、フルフォード氏が言うところの「鉄の四角形」、つまり政・官・業・ヤクザの「ヤクザ」の部分が全然語られていないので、フルフォード氏の言っていることが本当なのかどうか、同じ経済アナリストとして、ぜひ検証して欲しいと思いました。某テレビ番組でハマコーと戯れあってる場合じゃないですよ(笑)。フルフォード氏は、あなたの隣に座っているんですから。あっ、「武富士より銀行のほうがヤクザとつきあいが深い」とフルフォード氏が言っていた業界に所属しているから無理か(苦笑)。
著者は近年、いかにも私は庶民の味方ですみたいな面してメディアの引っ張りダコになっているようですが、偽善の臭いがプンプンしますね。結局、潤うのは庶民ではなくて、あなたの懐だけなんですから。この本の印税すべて、恵まれない人々に寄付してください。
『完全パンクマニュアル はじめてのセックス・ピストルズ』
架神恭介, 辰巳一世(共著)
(シンコーミュージック・エンタテイメント)
こいつら冗談でやっているとばかり思っていたが、調子に乗って本にしてしまいました。こんなの俺がレビューしなきゃいけないのかね(笑)。本当だったら、大貫憲章、森脇美貴夫、鳥井賀句、水上はるこ級の大物評論家が存在していて本を出さなければならないのに、こんな何処の馬の骨とも知れないゲテモノが天下のシンコーミュージック・エンタテイメントから本を出して、チヤホヤされているところからも、日本のパンクは既に終わってるね。行川は一人じゃ何も出来ず、タワーレコードで無料で配っていた商品カタログを焼き直して、しょーもないガイドブックを出しているだけだし。日本のエセ評論家は一体何をやっているのだ。
大体こいつらにパンクを語る資格があるのか? こいつら、日本のパンクの何処のシーンにいるの? セックス・ピストルズの威を借るキツネか? セックス・ピストルズで検索すると必ずこいつらが出てくるんですけど。副題の「セックス・ピストルズ」を外したら誰も見向きもしないんだろうけどね。著者の写真を見ると、学習塾の講師か大学のアニメ研究会の出身です、みたいな出で立ちで、滅茶苦茶違和感を感じるんですけど。はっきり言って、この本、パンクを馬鹿にしているよ。双六とかセンター試験みたいなのが挿入されているし。鉄あたりがボコリに行かなくていいのかね。こんな机上の空論、声を大にして怒らなければ、おまえらみんなファッションパンクだ!
『ザ・クラッシュ 1982 ジャパン 菊地昇 写真集』
菊地昇 (著)
(マーブルトロン)The Official Website of Joe Strummer & The Mescaleros:
www.strummersite.com
表題の通り、「クラッシュの82年唯一の来日公演を追った10日間のフォト・ドキュメント」です。掲載されている写真は白黒のみで、The Star Club、The Mods、The Strummers、Jun Sky Walker(s)といった日本のドキュソ・パンクが節操も無くパクってきた、今となっては時代遅れなThe Clashのファッションが堪能できます(笑)。「ミッキーマウスを殺せ!!」だとか、「世界はひとつ」といった意味不明な落書きを腕にしたJoe Strummer、「楽屋を訪れたザ・モッズのメンバーとポール・シムノン 1月30日、新宿厚生年金会館(Paul Simonon with THE MODS, Japanese rock band at back stage of Shinjuku Kouseinenkin Kaikan Hall, Tokyo, 01/30/82)」、原宿の歩行者天国でローラー族を見物するJoe Strummer、「演奏リストを示すパール・ハーバー 2月1日、中野サンプラザ 楽屋(Song list with fingers of Pearl Harbour at back stage of Nakano Sunplaza Hall, Tokyo, 02/01/82)」など、すべて日本公演中に撮られた貴重な写真で構成されています。しかし、外国人が見たらエキゾチックで面白い写真集だろうとは思うけど、世間一般の日本人にとって見れば時代錯誤で、多分、一回見たら終わりでしょう。気取って、写真を白黒だけにしたのが失敗だったな。当時を懐かしみ、アマゾンで腐敗臭漂うレビューを書いているような、化石頭のオッサンにとっては、持って来いのアイテムですね(失笑)。The Clashのレビューになると、こういった輩が一々出てきて、運命共同体の如く自分の昔話を語るのが、正直言ってウザイのは私だけでしょうか。
「刺青の涙をふたつ彫れば、本物の涙のひと粒は見えなくなる・・・これは自分のカミさんをメッタ切りにして殺した終身犯の男が、テレビのニュース・ショーで言っていた言葉だけど、俺がさっきから君に話していることをうまく言い表していると思うんだ。トゥー・タトゥード・ティアーズ・・・そんな歌を近いうちに作るかもしれないな」 そう言いながらジョー・ストラマーはまた濃いアイリッシュ・コーヒーを、ぐっとひと口、喉に流し込んだ。・・・
"Tatooing two teardrops hides one real teardrop - this was what a man, who was sentenced to death for murdering his wife, had said on TV and I think it describes well about what I've been trying to tell you here. There is a chance I will make a song titled 'Two Tattooed Tears'." Joe Strummer then sap his dark Irish coffee down to his throat...
巻末には来日当時に『ミュージック・マガジン』のために書かれた今野雄二氏によるトゥアー(笑)・リポート("Two Tattooed Tears"は、The Griffinの曲名にもありますよね。誰もが褒め称えるThe Clashのドキュメンタリー映画、『ルード・ボーイ』が、実はメンバーにとっては嫌悪の対象でしかなかったという話は大変興味深かったです)、山名昇(英語名:Nicholas Yamana)氏による全アルバム・ディスコグラフィーとそれらについて忌憚の無い評論、著者である写真家、菊地昇(Sho Kikuchi)氏へのインタヴューが掲載されているんだけど、驚くべきことに何と、すべての日本語テキストが英訳されています。恐らく、この本に掲載されている写真の数々が、世界に通用するであろう、日本で撮られた唯一のものであることを考慮して、このような体裁にしたのでしょう。しかし、せっかく英訳して日本人以外でもテキストを楽しめるようにしたのに、この本が日本国内だけで流通しているとしたら意味が無いし、たまたま日本に来ていた外国人や一部のオタク連中しか入手出来ない代物だとしたら勿体無いよな。
『PRIDE大百科 桜庭先生が分かりやすく教えます。』
東邦出版 (編集)
「PRIDE初の公式ガイドブック」らしいです。受けを狙ってかどうかは知らないが、表題の通り、比較的年齢の低い子供でも理解できるように、ほとんど全編に渡ってカラー写真を多用したり、易しい文体で書かれています。ホイス・グレイシーとの死闘を制して一躍、時の人となった桜庭和志の人気にあやかって、年端のいかない子供たちに語りかける口調で、PRIDEに登場した選手のプロフィール、プロレスとのルールの違い、戦闘技術、PRIDEの歴史、バックステージの風景、はたまたバーリ・トゥードやグレイシー柔術の歴史を解説しています(しかし、凄惨な試合内容のPRIDEは、あまり子供には見せたくないよな)。もちろん、我々大人も楽しめる内容になっています。それが「桜庭和志先生のPRIDE技術講座」、「バーリ・トゥードの軌跡」、「グレイシー柔術とその歴史」です。
「桜庭和志先生のPRIDE技術講座」では、ファンの間でお馴染みの「ガードポジション」、「パスガード」、「ハーフガード」、「マウントポジション」といった技術を桜庭選手と松井大二郎選手が実演して解説しているんだけど、こういう技術は佐山聡の時代には無かったよね。「バーリ・トゥードの軌跡」と「グレイシー柔術とその歴史」は、いかにグレイシー柔術がバーリ・トゥードで頭角をあらわしてきたか、また、グレイシー柔術の起源について書かれています。しかし、何であんなにグレイシー・ファミリーが大勢いるのだろうかと思ったが、家系図を見たら第6夫人までいて、一夫多妻制だったんですね(苦笑)。
因みに、このReviewを書いている時点で、次のPRIDEが28ですが、この本の難点は、PRIDE 1から16までのデータしか掲載さ