黒沢みつ子
本名 黒沢美津子。東京上野生れ。明治大学文学部卒。小学生の頃より、モンキーズ、ホリーズ、ハーマンズ・ハーミッツ、ウォーカー・ブラザーズ等、洋楽を聞いて育つ。81年音楽専科社を退社後、ロンドンに5年間住み、音楽ズャーナリストとして活躍。音楽専科、毎日新聞、週刊FM等にしばしば寄稿した。かかんな敢闘精神と瑞々しい感受性に支えられた筆で、音楽ジャーナリズムに新風を起こしている。
『ロンドン・コーリング』
黒沢みつ子 (著)
(音楽之友社)画像だらけの面白くも何とも無いクラッシュのファンサイトを立ち上げて、加齢臭を漂わせながら互いの傷口を舐め合っている中年のオッサンたちも、この本を読んだことが無ければ潜りになりますわな(笑)。まず最初に、この本の表紙を見て面食らってしまいました。何ですか、このボーイ・ジョージと一緒に写っているゲイシャ・ガールは(笑)。ひょっとして著者ですか? 現在、WWEで活躍しているゲイシャ・ガール・ヒロコかと思いました(笑)。しかも、冒頭に資料として84年2月3〜4日付のデイリー・ミラー(タブロイド紙)にボーイ・ジョージの恋人として、著者が何と一面トップ(!)にスクープされている記事が掲載されているのですが、ヘッドラインは、
"Kimono-clad George lands in trouble
Geisha Boy
You mean this person is a MAN said the official at the airport
By PAUL CALLAN...""Boy George tells his Japanese girlfriend:
I love you very much..."となっています。著者もやり手だなあと思ったのも束の間、これは決して著者による売名行為ではなくて、「第2部 ミュージシャンの人間模様」の「3、ボーイ・ジョージ(カルチャー・クラブ) 男友達そして女友達」を読めば、事の経緯が判明することなのですが・・・
NMEの翻訳紹介雑誌だった『音楽専科』で記者をやっていた著者が、カムデン・タウンの『エレクトリック・ボールルーム』で見たクラッシュのライヴに感化されてロンドンに住むことを決意、同社を退社後ロンドンへ移住、フリーのジャーナリストとしてイギリス・ヨーロッパで活躍した、5年間に起こった出来事をまとめた本です(彼女の仕事振りは、『パンクの逆襲 RETURN OF PUNX』というコピーにコピーを重ねたようなスクラップ・ブックで確認することが出来ます)。しかし、著者は帰国子女でもないのに通訳無しでよく仕事ができたよな。きっと、優等生だったんでしょうね。
最初、どんなビザで5年間も滞在したのだろうか? まさか観光ビザで出たり入ったりを繰り返していたのだろうか? と思ったのですが、現地のレコード会社か日本側の会社を通じて(日本の会社というものは、辞めた人間の世話をしないのが通常で、彼女はフリーのジャーナリストなので、この辺が非常に曖昧)、正規の手続きで滞在していたみたいです。
現在、我が国ではクラッシュの話になると必ず大貫憲章が専売特許のごとく首を突っ込んでくる風潮があるが、実は、この本の著者である黒沢みつ子氏のほうが、それを語るのに遥かに相応しい人物であるということがよくわかる本です。
「第1部 ロンドンが呼んでいる」の「1、ジョー・ストラマーとミック・ジョーンズ クラッシュによって運命は開かれた」は、臨場感溢れるクラッシュのコンサート会場『エレクトリック・ボールルーム』の描写から話が始まります。ここの部分だけを読んだ限りでは、著者は、精神年齢の低い、ただのミーハーなクラッシュの追っかけに過ぎず、ああ、やっぱり日本の音楽業界は、今も昔もミーハーが幅をきかせているのだなと失望してしまうのだが、この本をだんだん読み進むにつれて、彼女が逆境にも耐えうるプロのジャーナリストなんだということが分かってきます。
「2、私とクラッシュのロンドン」に書かれている欧米人とのルーム・メイト云々のトラブルの話は、マークス寿子の本にも書いてあるような紋切型の体験談なのだが、その後のジョーやミックが住んでいる地域に移り住んで、ミックのスーパーの買い物袋を覗いたり、ジョーの後を付けたりするのは幾ら何でも出来すぎた話じゃないかと思ってしまいました。
著者はクラッシュが日本ツアーを行った際に、一旦日本に帰って彼らの全公演を見ているのだが、その移動の新幹線の中での著者とジョーとのやり取り(ロング・インタビュー)は『パンクの逆襲 RETURN OF PUNX』とかなり被っている部分があるが、『ザ・クラッシュ 1982 ジャパン 菊地昇 写真集』 菊地昇 (著)の中で見た、ジョー・ストラマーの腕に書いてあった意味不明な落書きの意味が、ここで分かりました。
・・・「ああ。だから、俺もここで新曲を一つ作ったんだ。『俺はミッキー・マウスを殺すところだ』って内容だ」とジョーは言うと、シャツの袖をめくり、右手の腕の文字を見せた。
「ここに書いたよ、日本語で。『俺はミッキー・マウスを殺せ』って。だって君達はミッキー・マウスなんて必要としないはずだから。ミッキー・マウスとは、ヤンキーの意味さ」
「今の日本は、戦後外国に追いつけ追いこせで、頑張ってきた国でしょう」
「そうだよな。俺さ、日本中が突然、コカコーラ、ロックン・ロールといった具合になって、大きなショックを受けたよ。ひどい物を取り入れるようになったなと思ったぜ。一体それは何なのだろう? それは必要ではないことをわかってくれたらいいんだが・・・」・・・
因みに、著者が作った「クラッシュ・ライヴ」というファンジンは、たった50部しか予算の関係で作れなかったそうですが、現在持っている人がいたら、お宝となっていることでしょう(中野のぼったくりレコード屋、ここ見て値段釣り上げんなよ)。
次の個所は、図らずも渡辺幸一氏も『イギリス発 私的日本人事情』の中で言及していた、マイノリティー(少数派)同士が連帯せずに、ある有色人種が別の有色人種を蔑視し、敵意を見せる点の好例です。
・・・ジョー達が長期アメリカ・ツアーをしている間に、私には大きな事件が起こった。まさか自分が暴力事件にあうとは、夢にも思わなかったのだが、それは秋の日の昼下がりに突然、起こったのである。ポートベロー・ロードを散歩中の私は、すれ違いざまに、いきなり一人の黒人に顔をストレート・パンチで殴られたのだ。不幸中の幸いで、パンチは目をそれ、こめかみに当たったからいいものの、コンタクト・レンズを入れた目に当たっていたら失明したかもしれなかった。痛さよりも先に、理由もなく殴られたということがショックで、黒人が私にさんざん悪態をついて逃げ去った後でも、私の体はブルブル震えていた。さらに、ショックだったのは、私の前を歩いていた若い白人のカップルは、一部始終を見ていたのにもかかわらず、何も言わず、見て見ぬフリでそのまま歩き去ったのである。異国の冷たさを、この時ほど強く感じたことはなかった。家に大急ぎで走って帰ると私は日本の友人らに国際電話をかけた。
せめて日本の親友達にはこのくやしさをわかってもらいたかったのだ。ところが彼らも「もう、すんでしまったのだから。これから気をつけて」と言う。彼らにしてみれば、それしか言えないのは私だってわかっている。でも、何か、優しい言葉で励ましてほしかったのだ。私は彼らでも、このくやしさはわかってくれないと悲しくなった。少なくとも日本とイギリスは、あまりにも遠すぎる。ロンドンでは自分しか頼りにならない。自分の身は、自分で守るしかないのだ。
それからというもの、しばらくの間、外出するのが恐くなった。まして人混みの多いコンサート会場は恐怖であった。いつ、また、不意に暴力事件にあうかわからないと思うと、若者が飲めや歌えのロック・コンサートは恐怖である。繁華街を歩いていても、自然に、道の端を歩くようになる。他人は誰一人信用できないと、私は自分の殻に深くとじこもるようになっていった。・・・
私は、これと似たような経験をロンドンの某所でしたことがあるんだけど、あるロック・コンサートに行った際に、ライブの最中に、姿の見えない人種差別主義者に執拗に攻撃されて、助けを求めようにも有色人種は私一人だけ、自分の周りは白人ばかりで、自分以外の人間が皆、敵に見えたという恐怖体験をしたことがあります。こういう人種差別体験は、たとえ本を何冊読んでも『アメリカン・ヒストリーX』を見ても決して理解できない。まさに「百聞は一見に如かず」ですね。スクリュードライヴァー(人種差別・白人至上主義)で自慰行為している、そこの君。一人で海外生活して男になれよ(笑)。
また、著者はグラスゴーの『アポロ・シアター』で行われたスティッフ・リトル・フィンガーズのラスト・コンサートで左足を骨折してしまい入院もせずに家で閉じこもっていなければならなかったり、イアン・マッカロウ(エコー&ザ・バニーメン)の取材で使ったカメラとフィルムを盗まれて、頭を下げてもう一度、写真撮影をお願いしたり、インタビューするアーティストの気まぐれに振り回されてヨーロッパ各地を転々とさせられたりと、色々と海外生活ならではの苦労もされているようです。
「第2部 ミュージシャンの人間模様」の「3、ボーイ・ジョージ(カルチャー・クラブ) 男友達そして女友達」は、「第1部 ロンドンが呼んでいる」のクラッシュについての記述と双璧を成す、この本の二大ハイライトとなっています。ボーイ・ジョージが日本人カメラマンのハービー山口氏と親しい仲だったというのは有名な話だが、実は、ジョージのガールフレンドのミコとして、カルチャー・クラブのプロモーション・ヴィデオに出演したり、彼に日本語歌詞の手解きをしたりして、それ以上に親しい仲だったのが、この黒沢みつ子氏だったということを、果たして何人の日本人が覚えているのであろうか? 著者とボーイ・ジョージとの漫才は、ボーイ・ジョージが悪戯好きでワガママな、白塗りの気狂いピエロに思えてしまい、もう笑うしかない(笑)。冒頭で紹介したゲイシャ・ガールの真相はネタバレになるので書きません。現在、この本を入手するのは非常に困難かもしれないが、自分で読んで確かめてください。
「5、ゲイリー・ケンプ(スパンダー・バレエ) ロンドンの小粋な下町青年」より、
・・・ゲイリーから初めて聞かされ、労働者階級の子供達のライフ・スタイルでびっくりしたことが一つある。ポップ・ミュージックの本場だけに、イギリスの子供達はビートルズ以降、みんな、ロック・ミュージックに親しむものと思っていたら、ゲイリー曰く「学校でも、ロックを聞いているのはまじめな連中で、悪ガキはソウルなんだ」と言う。「むしろ、ロックよりソウルを聞いている方が労働者階級の子供には多い」とも言うのだった。
「だから、僕は白人のロック・コンサートより、ブラック・ミュージックに夢中になって、そのてのダンス・ミュージックがかかるナイト・クラブへよく通っていたよ。僕らは、ロック・キッズじゃない。ソウル・ボーイズだ! 中流階級はロックが好きだけど、底辺の労働者階級は違うんだ」と言われて、私は本当に驚いてしまった。特にロンドンのようにいろんな人種が集まった国際都市では、音楽もいろんなジャンルが共存し、白人のソウル・ボーイが多いというのだ。これは、当事者じゃないとわからない話である。私には新しい発見だった。・・・
モッズが黒人音楽を好んで聴いていたという逸話と共通しているが、黒人音楽というのは希少で不良の象徴だったんでしょうね。おそらく、それがマジョリティ(大多数)になると、彼らはまた別の希少なものへと移って行くのでしょうけど。だから、一億総中流、流行にあわせて何処吹く風の日本の若者とは根本的に違うんでしょうね。
次の個所は、イギリスにおける日本人のイメージを顕著に顕しています。そういえば私も人種差別(?)おばさんが給仕をやっていたブライトンのベッド&ブレックファーストで酷い目にあったな(苦笑)。
ところで、コンサートから、私と友人が泊まっていたベッド&ブレックファースト(日本の民宿みたいな簡易宿泊所)に戻ってきた時だ。ちょうど通りかかった地元の子らしき男の子二人に声をかけられた。
「君達、モッズかい?」である。
これには、びっくりした。ブライトンの四月、五月となれば、全国からモッズが集まってくるが、それに間違えられるとは―。
「違うわ」と私達。
「じゃ、パンクス?」
「ううん」
「まさか、ロッカーズじゃないでしょ」
「もちろん違うわ」
「じゃ、一体何なのさ」
そこで、私達は言った。「残念でした。スパンダー・バレエを見にきたニュー・ロマンティクスですよぉ!!」と。もちろん、冗談も入っていたのだが、彼らはそれでよけい私達に興味を持ったようだ。
「じゃ、君達、香港から来たの? それともマレーシア?」とのお言葉である。勝負あったりである。これには、負けてしまった。笑うに笑えない。日本人という言葉が、私達、東洋人を見てもイギリスの地方じゃ出てこないのだろうか?「東京って日本だっけ?」とダメ押しで言われて、ガックリだ。
このブライトンの海は、遥か日本まで続いているのに、日本は遠かった。さっきまで、スパンダーのセミ・ヌードを見てキャーキャー笑っていた私と友人は、さすがに、言葉を失くしてしまったのである。・・・
なお、知日・親日家ではない世間一般のイギリス人が日本という国に対してどういう偏見を持っているかを知りたいのでしたら、『イギリス発 日本人が知らないニッポン』 緑ゆうこ(著)という本を読むことをお勧めします。「イギリス式」などと銘打って、ウソの本を次から次へと出版して金儲けしている、ニセモノに止めを刺す内容となっています(笑)。だから、「○○ナイト」だとか「東京○○化計画」なんて奇妙な片思いに過ぎず、ちゃんちゃら可笑しいんだよね。
ところで、著者は現在、何をされているのでしょうか? この本の第1刷発行が昭和61(1986)年9月20日。この本の中で、「本を書きたい、本を出したい、それもできるなら三十になるまでに」と語っているので、この本を出版した年を30歳だと仮定して計算して、現在49歳ですか。大学生の子供さんがいて、主婦でもされているのかな? インターネットで著者の名前で検索しても、同姓同名の旅館の女将が出てくるだけで、キャラが被っている水上はるこ氏に比べるとヒット件数が異常に少ない。クラッシュ、カルチャー・クラブ、ボーイ・ジョージを語る上での最重要人物であるにも関わらず、それらのファンサイトでも、この本のことはおろか、著者のことについて全く触れられていないというのは、どういうことですか? 悲しいかな、完全に忘れ去られた存在のようですね。
・・・今回、シンプル・マインズやウルトラヴォックス、ポール・ウェラーなど書けなかったが、何とか、次回のチャンスに書いてみたいと思っている。それこそ、ミュージシャンではないが、一作出したら、次回作をもう考えているという風に、私もなりたいものだ。・・・
と著者が「あとがき」で語っているにもかかわらず、どうやら黒沢みつ子氏は、この本一冊だけで消えてしまったようです。非常に残念ですね。日本の音楽出版界は、何故こんなに凄い経歴の持ち主を業界から抹殺してしまったのだろうか? なぜ続編を出さないのでしょうか? 何故こんなに素晴らしい本を重版増刷して、文庫本化して、後世まで語り継がないのでしょうか? 日本の音楽業界のレベルの低さを感じざるを得ませんでした。と思ったら、つい最近、本名の黒沢美津子名義で『ロックジェット Vol.18』というクラッシュ特集号のムックで記事を書いておられるようです。
森脇美貴夫氏や水上はるこ氏のところでも書いたと思うけど、私がある種の遣り切れなさを感じるのは、日本の音楽ジャーナリズムに従事している人たちというのは、どんなに素晴らしい人物でも10年、20年経ったら確実に忘れ去られているか、消えていなくなっているということです。切ないですね。この本に書かれていることは、クラッシュも解散しPunk/New Waveが下火に成りかけてきた、古き良き80年代のイギリス。我が国が、不景気によりイギリスと同じ道をたどることを予想だにしなかった、経済が右肩上がりだった時代。まさに「兵どもが夢のあと」ですね。必読すべき本。
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